« 考察中の件についてのメモ | メイン | ノイズにおける三つの評価基準 »

GENOCIDE ORGAN - Mind Control

mind.jpg
(Tesco Organization/LP)
Genocideo Organによる「社会的カテゴリー:音楽」におけるサウンドを通した状況への闘争。芸術を芸術(形式)へ向かわせるのも一つの方法として支持できる(私のスタンスは基本的にこちらである)が、芸術をこのような政治/状況へと向けて機能させるのにも重要な意義を認めたい。聴くものを圧殺するかのように重苦しい電子音とそこに忍び込まされる音源引用。「The Elders Of Zion」におけるガラスの破砕音とインダストリアルな駆動音を貫通するアジテーションとしての怒号など、マーシャル・パワーエレクトロニクスの音楽様式としても完成度は高い。断っておくがノイズにおける政治的闘争集団としてのGenocide Organはプロパガンダとして極右思想やエスノセントリズムを掲げているわけではない(もちろん見られることを意識した威嚇的行為でも露悪趣味でもない)。ここには上部構造によってコントロールされた状況を内部から喰い破る方法論としてノイズを使用し、主体の覚醒を取り戻させる意図が存在する。私はパワーエレクトロニクスであっても、性的かつ悪趣味なテーマを掲げたノイズには大して関心がない(形式主義/実験主義でもないフラストレーションの発露としてのノイズは論外である)が、このような個人の政治的信念に基づいた運動としてのノイズには深く共感する。政治的目的は全く違えど、そこから松田政男、若松孝二、足立正生までの距離は近い。490枚がリリースされ、うち25枚はナンバーが刻印された全面メタルプレート・ジャケット仕様。黒のビニールに密封されたレコードにインサートシート付属。

About

2007年08月21日 12:09に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「考察中の件についてのメモ」です。

次の投稿は「ノイズにおける三つの評価基準」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34