全共闘世代の読んだであろうものを読んでおかないと、この時代について分からないことが多そうなので、避けていたこの辺りの本をさらに読んでみたい。ただし新左翼になって社会主義リアリズムに傾倒すること、あるいは現実の細分化された社会問題に入り込みそれをメインコンテンツ化すること(マルチチュードへの同化)は、私の場合ないだろう。ここから私が学べることがあるとすれば、脱構築でもポストモダンでもよいのだが、実践のなかで諸関係の変換を行うという戦略についてだろう。
スガ秀実を読んで、土本典昭が水俣へ向い、小川紳介が三里塚へ向かったことの背景が分かった。またこれは現在のドキュメンタリーのパーソナル化の理由付けにもなる。
あとは、欧州ネオフォークがなぜナショナリズム/共同体への思想的傾倒を見せるのかということについて、三島由紀夫による「文化概念としての天皇」の考えを経由することで納得が出来た。