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日本映像学会中部支部2007年度第2回研究会研究会(および反省会)

日本映像学会中部支部2007年度第2回研究会
日時:10/27(土)午後2時~午後5時
会場:名古屋市立大学芸術工学部

研究会プログラム:
・研究発表「自主制作アニメーションの現状と問題点」
 吉田雅彦(名古屋芸術大学非常勤講師)

・研究発表「インターメディア/環境/Expo'70」
 阪本裕文(名古屋市立大学芸術工学部)

・パネルディスカッション「映像/メディアアート史における非連続性」
パネル1:越後谷卓司(愛知県文化情報センター学芸員)
パネル2:大泉和文(中京大学情報理工学部)
パネル3:阪本裕文(名古屋市立大学芸術工学部)
ディスカッション:越後谷卓司+大泉和文+阪本裕文

今週、何がそんなに忙しかったかといえば映像学会中部支部の研究会が本校で開催され、そのための準備に忙殺されていたためである。私自身の発表は、大阪万博にて見られた前衛芸術とアート・アンド・テクノロジーの集結の起源を、60年代のインターメディアと環境芸術に求め、さらに遡及しハプニングや実験工房にまで至らしめることを意図したものであった。パネルディスカッションは映像/メディアアート史という曖昧なカテゴリーの多義的な解釈を、スタンスの異なる三者で討議した。60年代のインターメディアは統合された芸術を目指すものではなく、異物が併置される状況を目論むものではなかったかという認識に至れたことは、個人的に極めて有意義であった。

越後谷さん、大泉先生、そして急なお願いを快諾していただいた吉田さん、本当にありがとうございました。

その後、飲みの席で反省会。

評論とロジカルな論考の違いについて、貴重な助言を頂く。果たしてこの日の私の発表はどちらであったのか。文系の研究は得てして評論や印象批評になりがちである。もちろん作家の作品論やライターのエッセイのような文章は、それはそれで大切なのだが、それはロジカルな論考とは異質なものだ。芸術関連、音楽関連の雑誌を見れば所謂批評家による印象批評が溢れているが、あれはら私的な感情によるものとしか思えない。

そこでは原資料にあたる、正確性を期する、論点を絞ることよりも、自分のコンセプトや持論を述べることに重心が置かれる。常にそこでは一元的な考え方で事を進めすぎることの危険性、印象としての言葉に陥る危険性が伴う。このようなスタンスはおよそ理系の言説ではあり得ない事であろうが、文系の言説にはそのような事態が多々見られる。作家の作品論やライターのエッセイとしてではなく、ロジカルな論考として芸術に取り組むことは、どのようにして果たされるのか。…やはり論考の材料を充分に収集し、論点を絞って、新しい観点をもたらすことを常に強く意識するしかないのだろう。

このブログの駄文も自己を律することなく、だらだらと趣味で書かれたものである。このような駄文ではない、芸術に対するロジカルな論考をいつか書けるようになりたいと思う(しかし一方で制作を志すことも捨てたくはないのだが…)。

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2007年10月27日 22:23に投稿されたエントリーのページです。

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