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自省

私はもともと劇映画がそれほど好きではなかった。それよりも現代美術の文脈から関わり出したビデオアートを経由して、70年前後の実験映画、すなわちアンダーグラウンド映画に興味を持った。要するに商業劇映画〜独立プロ〜アンダーグラウンド映画という経路ではなかった(ちなみに今は、劇映画も観るようにしている。アンダーグラウンド映画〜独立プロ〜商業劇映画という逆の経路にて)。
一方で私は同時代の現代美術とメディアアートの動向を追っているのだが、こちらは最近おろそかになっている。何故おろそかになっているのかと言えば、アンダーグラウンド映画から更に前に遡って、50年代末〜60年代の記録映画作家協会に強烈な魅力を感じるようになり、そればかりを調べるようになってしまったからだ。
戦後の記録映画を中心とした映像芸術の動向は非常に面白い。その時代における状況/政治と芸術の間にあった緊張感は恐ろしく高い。政治の問題、日本共産党との関係、新左翼の誕生、花田清輝や吉本隆明らの言説の影響が、そのまま芸術と直結されていた。さらに戦前からの運動や言説(プロキノなど)も、もちろんここに関わってくる。
こうして考えると、私にはすべてが複雑な縦の糸で結ばれているように思える。いまの現代美術におけるメディアアートや実験映像とは、ある日突然開始されたものではないのである。それは否定にしろ肯定にしろ、それ以前の何ものかと結ばれているはずなのだ。
ただし、さすがに昔の記録映画を調べても、それがいまMaxやProcessingで何かを制作することに、すぐに結びついたりはしない。戦前〜戦後まもなくの映像芸術と、同時代の現代美術におけるメディアアートや実験映像、この遠く離れた二つの対象を併置させて考えてゆくことの困難さは私にとっての悩みの種である。
しかし、私はこの複雑に絡み合った縦の糸、ある映像芸術史の視点を提示したかった。その結果のひとつが「メディアアートの世界」における年表であるのかもしれない。今後も戦前〜戦後まもなくの映像芸術と、いまの現代美術におけるメディアアートや実験映像を、自分の中でどう折り合いをつけさせてゆくのか、試行錯誤は続くだろう。

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2008年03月20日 14:24に投稿されたエントリーのページです。

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