秋田昌美が言うところのノマド的差異産出体であったノイズ(P16D4系列の実験音響ノイズ除く)が、制度の攪拌手段であり記号あった各種象徴(死体、ナチ、ポルノ、工業社会、神秘主義)に飲み込まれ、その象徴と同化してしまった時(メタ的距離感覚を喪失した時)、作品においてはその象徴が主コンテンツとなり、作品はノイズ作家の意志のステートメントとなる(陳腐な言葉を使うなら、ここでは“意思の強度=本気っぽさ”が求められる)。
C93やDIJのような神秘主義的象徴を秘めたアポカリプティックフォーク。あるいは神秘主義が神話へと至り、そこから=民族主義・復古主義へ移行したCHANGESのようなネオフォーク。ミリタリー趣味が戦時下国家主義文化への偏愛に至るマーシャルインダストリアル。TAINTのような反社会的変態鬼畜ノイズ。TESCOやCON-DOMのような政治的傾倒(LAIBACHはその先駆である)を見せるパワーエレクトロニクスなど。
ノマド的差異産出体としてのノイズのクリティカルな価値は、ノイズが意志のステートメント、アジテーションの手段と化した時、その特異性を失う。徹底した差異そのものであり、制度に亀裂を入れる異物であり続けたCOME Org、SPK、MBなどの時代に比べて、今日的ノイズの有効性は大きく変貌している。それを表現への退行ととるのか、状況への積極的関与として解釈するのかによって、ノイズの意味は違ってくる。秋田昌美がユリイカでのBORISメンバーとの対談で述べた、ノイズの有効性の失効とは、ノイズがノマド的差異産出体としての役割を失ったことを指すが、ある種のノイズはそれとは異なるフェイズ、象徴との同化へと向かっているのではないだろうか。