http://www.nttpub.co.jp/ic/ic002.php?id=51
NTTの機関誌『Inter Communication』が休刊へ - CINRA.NET
休刊が明らかになった。明日にでも買いに行く。
日本においてのメディアアート・シーンは、もうほとんどその姿が見えない。最早それが大学のメディアアート学科のなかだけに存在するニッチで趣味的な文化カテゴリーだというのなら、いっそ消えてしまえばいい。ここで批判されるべきはNTTではなく公共の美術館だ。日本の場合、いち企業ではなく、公共機関がもっと積極的にメディアアートを牽引せねばならなかった。
また私は日本におけるメディアアートは、その始まりの段階から芸術の文脈における歴史化を果たしてこなかった、もっとそれに積極的に取り組む必要があったと考える。それを成さないままに80年代的残滓たるニューアカ思考でメディアアートを定着させたことが、メディアアートをスノッブのファッションへと至らしめてしまった。
日本におけるメディアアートは、ポストモダン以前のアート・アンド・テクノロジーの系譜と切断されている。即ち戦後日本における現代美術の文脈、言説につながっていない。これはオタク文化の表象の援用については熱心に語ってもテクノロジーによる文化形態の変容には興味を示そうとしない批評家の責任なのか。ネタとしてメディアアートを転がした畑違いなライターの責任なのか。狭い人脈内でのキャッチボールに勤しみ縮小再生産に励んだ作家の責任なのか。
もう今後は、もっと社会的プロジェクトのなかでメディアアート的なるものを増やしてゆく方が、かつてメディアアートであったものを社会全体に偏在させてゆく方が、よっぽど健康的なのかもしれない。
追記:
少し冷静になって読んでみた。
『90年代初頭はテクノアートやメディアアートが、現代美術の一領域というよりも、芸術と科学との間に位置づけられる独立した場所を占めていた。』
『現代美術のメディウムのひとつとしてコンピュータやプロジェクタは日常生活のなかで一般化した。今日、いわゆる現代美術展に行くと10年前ならメディアアートと呼ばれていたような作品群に遭遇することは少なくない。メディアアートは、最早独立した特権的な領域ではなくなったのである。』(毛利嘉孝によるテクストからの引用 pp137-138)
90年代には啓蒙的役割を担い、未だ包括されえない技術や文化を横断しながらメディアアートを「芸術と科学との間に位置づけられる独立した場所」足らしめようとしていたICCの機関誌で、このような記述がなされること自体、メディアアートの変質を示しているように思えてならない。私にはこれが、いまさらカテゴリーとしての現代美術に擦り寄り、メディアアートを取り巻く状況について恣意的な現状判断を下しているように映る。あるいは恣意的でなければ無責任な態度ではないか。
もちろん私個人はメディアアートを現代美術の歴史に接続すること(そして接続しならがらも逸脱させること)は賛成する。だがこのテクストには何か強い違和感を感じる。それは2008年の日本国内の「カテゴリーとしての現代美術」において、メディアアートが一般化し確固たる位置を持ち得ているとは、私には到底思えないからである。ここで例示されない「いわゆる現代美術展」とは具体的に何を指すのか。もしこれが海外の現代美術展を指すのであれば、状況は分けて整理されるべきであろう。
要するに本来であれば現状を直視し、「カテゴリーとしての現代美術」において、メディアアートがその意義を発揮できずに、自らの居場所を持ち得ていない理由こそを問い直すべきであった。
私が思うにメディアアートは、その大半が工学的には出来損ないのデバイスアートであったりするわけで、その「芸術と科学との間に位置づけられる独立した場所」が、実のところちゃちな技術でも通用する、非芸術家、非専門家の駆け込み寺として機能していた側面は否めない。言説の場が制作における技術と噛み合ず、現代思想かぶれの観念論の空転により、作品の持つ技術的側面に的確な価値判断が行われずにいたことは大きな問題だ。メディアアートの場合、技術的側面と芸術的側面は注意深く分離したうえで価値判断を行わねばならず、評論家が技術的知識をある程度押さえ、そこで何が試考されているのかを正確に判断する必要があった。しかし私は、技術的知識をある程度押さえて評論を行うことのできる、メディアアートを専門とした評論家やキュレーターがいたとは思っていない。結局、そこでは現代思想かぶれの観念論(念のために断っておくが、私のなかに現代思想そのものを卑下する意図は全くない)による評論が幅を利かせていた。本来、評論が備えるべき技術的側面と芸術的側面という両輪が後者しかなかったのだ。
私は今、たまたま戦前戦後の記録映画と政治の関係について調べているのだが、日本のメディアアートは、今まで日本の歴史で何度も見られた急進的左翼と大衆の乖離にどこか似ている。大衆(=制作の現場と、高度化した技術?)から遊離し、マルクス主義の言辞(=ポストモダン以降の芸術論?)にてあまりに観念的な議論を行い先鋭化し、あきらかに現状にそぐわない戦略を立てて(=メディアアートの特権化?)、都合のいい恣意的な現状判断(=メディアアートは一般化した…など?)にて矛盾を抱えて自己崩壊していった急進的左翼に。
正直なところ読むところの少ない最終号であった(西川アサキのテクストは面白かったが)。
ただひとつ、藤幡正樹のテクストにはメディアアーティストとしての良心を感じた。確かに我々は都合のいい恣意的な現状判断を下してひとり納得している場合ではない。高度化した技術に手が届かないことを嘆いている場合でもない。
『新しいメディアとしてデジタルという技術を考え、それをもって世界を再発見すること』(藤幡正樹によるテクストからの引用 p123)