« 記録: 本日の散財 | メイン | 牧野貴 - The Seasons »

映像学会大会にて

先週末は、映像学会大会のため、京都精華大へ。

懐かしい知人らの顔を見ていると、自分が接続されたいと望む共同体というか、価値観が共有される場はここなのだと思えた。入り口で知人と近況というか愚痴を述べ合っていると、こちらへ向かって細身のサングラスの男性が笑いながら手を振ってくる。誰かと思ったら、それはリピット・水田尭さんであった。まさか会えるとは思っていなかったので驚く。

リピットさんとは昨年秋の表象文化論学会研究発表集会以来お会いしていなかったので、沢山お聞きしたいこともあり、学会の間、随分と長くお話をさせてもらった。去年から今年にかけての間、私の中では映画学について、批評と研究の差異について、大きな考え方の変化があった。それは実験映画をフィルムスタディーズの言説の中に取り込む必要があるのではないかという考えだ。実験映画を現代美術/メディアアートの言説の中に取り込むことばかり考えていた私にとって、これは大きな可能性をもたらすものとして映る。その意味で、私はまだまだあまりに無知だ。またリピットさんの考え方の柔軟さと公平さは、話しているだけで多くのことを教えられている気持ちになる。

さて、学会の方は私の考え方の変化もあり、フィルムスタディーズに近い研究者の発表を主に聴いた。中でも松谷容作によるトム・ガニングの言説を踏まえての研究発表「ぼやけたイメージ、過剰なイメージ - 「アトラクション」「物語」に還元されない初期映画のイメージ経験」が白眉であった。やはりここから実験映画までの距離は極めて近い。精神論、観念論に流れがちな実験映画についての言説をここに組み込むことはできるはずだ。一方で少しは作品発表も観たいと思って、太田曜、末岡一郎の16mm作品の上映も観た。

マノヴィッチは結局来なかったうえに、シンポジウムは明らかにテーマ設定にミスがあり、パネリストの問題とする点が最後まで噛み合わないという状態(意見の相違というレベルではなく)であったが、実に楽しい二日間であった。松本先生にも久しぶりに会えたことだし、新しい出会いも多くあったので。

About

2008年06月14日 13:23に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「記録: 本日の散財」です。

次の投稿は「牧野貴 - The Seasons」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34