Diutescの新作をレビューしようと思い、作品に付属していたドキュメンタリーについて、一通り検索して情報を集めてみたが、911に関わる陰謀論に出くわした。それはあまりに突飛で、私には理解しがたいものであった。そして、この主張にDiutescがどのようなスタンスでいるのかが分からなくなってきた。ノイズ界隈の音楽には、このように作者とモチーフの関係が曖昧で、それがメタ的な意図なのか、本気なのかが読めないようなケースがたまにある。
メタ的な意図を持つものであれば、どのような極端なモチーフを扱っていても、私はそれに興味を持つだろう。だがDiutescの真意は勿論分からない。真意を曖昧にしておくのもノイズの伝統だろう。それこそがノイズの醍醐味だと思う。しかし、もしも作者がモチーフに対して本気であるとなると、私のなかでは明確に興味の持てる作品と持てない作品が区別される*1。ノイズには様々な反社会的モチーフを扱った作品が溢れているが、それに対してメタ的な意図なのか本気なのかという点で、少し聴き方を整理しなきゃならないのかもしれない。
*1:世には極端な文化をバックグラウンドにし、本気でそれらを自己の価値観の中心において、作品を世に送り出す人々が数多いる。私には、モンドやサブカルとして極端な文化を笑って面白がり消費する趣味はない。しかし、その一方で私は極端な文化であっても、歴史的、社会的に興味深い側面があるのなら、その活動を対象として注視することがある(例えばポピュラー音楽における民族主義の表れや、終戦直後の日本共産党から新左翼に至る流れなど)。ただ、それは何らかの思想を共有してのものではない。