メイン

Review: Primitive Black Metal Archive

2007年02月23日

BURZUM - Ragnarok (A New Beginning)

count.jpeg
(Aske Records/CD)
1曲目の「Et Hvitt Lys Over Skogen」はMisanthropyのコンピレーションに収録されていた曲で、過去に7インチも出ていた。BURZUMにしてはロック的で凄く良い。2-5曲目は91年のファーストデモの4曲を丸ごと収録している模様。それぞれで見ていくと「Lost Wisdom」「Spell Of Destruction」はヴォーカルパートなし。それだけでかなり印象が違う。音質が悪いという点でより病んでいる印象。「Channeling The Power Of Souls Into A New God」はアンビエント曲のデモで、ベースとシンセで演奏したバージョン。「Outro」は2ndのイントロ曲のデモで、よりヒビ割れ低音ノイズが強調されており、そこにうっすらとキーボードが重ねられる。この四つは単なるデモに留まらないブラックメタルとノイズの中間的な魅力がある。6曲目はASKEバージョンの「A Lost Forgotten Sad Spirit」。7曲目ではタイトルから察するにMAYHEMのメンバーとCliff Richardの歌を合唱しているようだ。陽気にデス声で歌う。その後のVargによるEuronymous殺害という凶行を知っているだけに、なんともやりきれない気分にさせられる。MAYHEMのアルバム「Deathcrush」よりカット。そして最後はこのCDの目玉、BURZUMの2ndに収録のアンビエント曲「Han Som Reiste」にアサトルの創設者、Sveinbjorn Beinteinssonによるオーディンへの祈りの言葉をコラージュした「Havamal」である。この曲で「Han Som Reiste」はループにより12分もの長さに引き伸ばされている。アサトルとは北欧のキリスト教以前の北欧神話の神々を信仰するアイスランドの宗教らしい。CDの内、まともなブラックメタルは2曲だけという内容だが、もはやブラックメタルに留まらない作品集であり、非常に面白い。(ちなみに Sveinbjorn Beinteinssonは90年にCurrent93のレーベルDOUTROからレコードを出している。未聴。)

2007年03月16日

GALLHAMMER Live

GALLHAMMERのライブ映像。この手の音楽なら、完全に好みのタイプ。スラッジコアに近い引きずるような演奏に、アンダーグラウンドなブラックメタルを思わせるスタイルのヴォーカル。BURZUMにも影響を受けていそうだ。文句なし。

2007年07月23日

MALVEILLANCE - Just Fuck Off

malveillance_just.jpg
(Suffering Jesus Productions/CD)
D-beatで突っ走る、カナダのブラック・ハードコアパンク。遂にここまで変種のブラックメタルが出てきた(何だかカナダはAkitsaといい、変わり種が多いような気がする)。もう音だけ聴いてると、もうブラックメタルなのかどうかなんて、大した問題ではなく思えてくる。個人的には男臭いメロディのあるハードコア等も好きなのではあるが、これはこれで格好良い。ガナり声をあげるヴォーカルも音楽スタイルにはまっている。このようなハードコアとブラックメタルの相互影響には関心が湧くし、こういうのを聴いていると、Anti-Cimexを始めとする80年代スウェーデンのハードコアが後の北欧ブラックメタルに与えた影響は、やはりあったのだろうかと考えてしまう。ハードコアは門外漢なので断定出来ないのだが、あり得る話だ…。

2007年07月25日

ULVER - 1993-2003: 1st Decade in the Machines

ulver.jpg
(Jester Records/CD)
Ulverのリミックス集。一曲目はトリップホップ〜アンビエント〜エレクトロニカ方面へ転身したUlver自身によるブレイクビーツトラック。遂にこうなったのか…と感慨深いが、完成度は高い。そして以降は主にエレクトロニカ系のメンツによるリミックスが続く。殆どのリミキサーが路線変更後のトラックをリミックスしているので、アブストラクトなインストもののトラック、もしくは凡庸なエレクトロニカに終始している。Rephlexから作品をリリースをしているBogdan Raczynskiなどは、音自体はまんま幼稚なAFX。これとブラックメタルが繋がるとは何かの冗談のようだ。個人的には昔好きだったNeotropicなどが気に入っている。そして続くは一昔前に流行った音響モノのFenneszとPita…。やっぱりブラックメタルとMegoが繋がるとは何かの冗談のように思えてしまう…(このブログで取り上げることのなさそうな名前ばかりが続いて、自分でも妙な気分である。ちなみに初期Megoは大好きですが)。

それに対してノイズ寄りの何名かのリミキサーは初期のブラックメタル時代の音源をリミックスしている。まずはベテランLasse MarhaugらによるJazzkammerだが、これがガリガリのノイズの嵐で痛快極まりない。続いてV/vmもコラージュノイズを叩き付けるように吐き出す。そしてブラックメタルのよき理解者でもあるMerzbowは、当然1st「Bergtatt」とプリブラの傑作である3rd「Nattens Madrigal」をリミックス。サンプルループが徐々にハーシュノイズ化してゆく手法にて、じわじわと崩壊の度合いは高められるが、安直に暴虐へは至らず、一旦静かなパートへと落とし込まれる。そして溜め込まれた衝動は、終盤で混沌としたプリミティヴ・ハーシュノイズ・ブラックメタルに至る。ILDJARNとMerzbowが共演したかのようなサウンドであり、間違いなく我々にとってはここが一番の聴き所であろう。

現在のUlverのスタイルからすれば、やはり本作が制作された動機は「エレクトロニカ系リミックス集を作る」というものである。ノイズとブラックメタルが直接音楽的に繋がったから本作が作られた訳ではない。Merzbowがここに名を連ねているのも「Ulver→エレクトロニカ系トラックメーカー→MerzbowやJazzkammer」という迂回した構図によってである。しかしMerzbowのトラックを聴けば、たとえ事実はそうだとしても、ノイズとマイナーかつプリミティヴなブラックメタルが音形態の近似によって繋がる可能性が、初期Ulverのなかに存在していたことが分かるはずだ。

ULVER - Nattens Madrigal

Ulven.jpg
(Century Media/CD)
Ulverは、1stでフォーキーなブラックメタル〜2ndでトラッド&フォーク(しかもアコースティック楽器によって)〜3rdで劣悪音質のプリミティヴブラックをやって、最早ブラックメタルでやり残したことはないとでも言うかのように、その後トリップホップ〜アンビエント〜エレクトロニカ方面へ転身を果たしたバンドである。その後の作品はバンド上がりのユニットが電子音響なんかをやった場合によく有る、エレクトロニカ/電子音響としての脇の甘さを感じてしまい、一枚のみしか聴いておらずよく知らないのだが、1st〜3rdは全て素晴らしいと今でも確信を持って言える。一枚ごとにこれだけ方法論を変えていれば、ブラックメタルから離れるのも仕方ない。特にこの3rdはDark Throne三部作直系のプリミティヴブラックの傑作である。ジャリジャリした音質は勿論意図されたもので、シンプルでミニマルな楽曲がひたすら単調に走るリズムと重ねられ繰り出される。個人的には打ち込みを取り入れたブラックメタルよりも、こういったプリミティヴブラックにこそアヴァンギャルドらしさ、ノイズらしさを感じる。そのブラックメタルに踏みとどまりながらも、ブラックメタルから可能な限り逸脱するという所が、際どい魅力に満ちている。ブラックメタルを音楽形式として思考したバンドだからこそなし得た、理想型としてのプリミティヴブラック。ちなみに次作まではUruk-Hai(Burzum以前のVargのバンド)に一時関与したとされる、AiwarikiaR(Erik Olivier Lancelot)も在籍していた。

2007年08月22日

ILDJARN - Det Frysende Nordariket

ildjarn.jpg
(Norse League Production/CD)
EMPERORの前身バンドTHOU SHALT SUFFERにも参加していた人物、ILDJARNことVidar Vaaerによる一人プリミティヴブラック。プリミティヴブラックと呼ばれる音楽の中でも間違いなく最も極端なサウンドを出しており、もはや全くメタルの範疇からはみ出ている。意図的なサウンドデザインとしての極端な劣悪音質。洗脳のように延々繰り返されるミニマルな演奏(展開は殆どなく、突然始まり突然終わる)。ブラックメタルの音楽形式を保ちながら、ノイズを取り込み捩じ伏せ、限り無くノイズの領域に接近している。安直にノイズの領域に踏み込んだブラックは、多くの場合ノイズとしては案外ありきたりなものとなる。この崩壊寸前の絶妙なバランスの維持は全くもって素晴らしい。ジャンルの呼称がこのようなアヴァンギャルドな音楽に出会う機会を奪っているのだとしたら残念だ。アヴァンギャルドロック、ノーウェーヴ好きな方にこそ薦めたい。

本作は93〜94年の間にリリースされた7インチと2本のデモをまとめた95年の編集盤。ヴォーカルとして本人の他にNidhoog、そしてかつての仲間であるEMPERORのIhsahnがゲスト参加。#1〜4は7EPの曲でヴォーカルはNidhoog。フックのあるリフが繰り出される。そして1本目のデモであろう#5からは更に極端な音質。ヴォーカルはIhsahnであるが、なんといっても彼のヴォーカルが凄い。何がそんなに憎いのか、常軌を逸した怒声、絶叫の連続。ひたすら延々延々続く単調なミニマル演奏と、Ihsahnのヴォーカルのコンビネーション。そのなかでもペナペナな演奏による何ともいえない倦怠感と哀愁を含んだリフの#10が異様ですらある。そして#13からはVidar Vaaer本人ヴォーカルの2本目のデモになる。もはやドラム音は機関車の蒸気音か昆虫の羽音。凄まじい音質であるが、勿論これも意図的なものである。ヴォーカルなしで淡々とミニマルな演奏が繰り返されるトラックも収録。

ILDJARN - Landscapes

landscape.jpg
(Norse League Production/CD x 2)
ブラックメタルのミュージシャンには暴力的なバンドサウンドを放棄し、シンセによるアンビエントに転向する人々が少なからずいる。思えばVargもそうであった。私見だがそのようなブラックアンビエントにも二つのタイプがあり、クラウス・シュルツェや初期タンジェリン・ドリーム等、ジャーマンプログレ系の淡々とした瞑想的なシンセアンビエントと、管弦楽器音色の打ち込みによるネオクラシカル/ネオフォークに大別できると思う。この作品は前者であり、非常に静かで派手さのない、精神の内面へ降りてゆくかのような瞑想的な作品である(ちなみにILDJARN-NIDHOOG名義のアンビエントは後者)。Vidar Vaaerがノイズの果てに辿り着いた静謐な世界。彼自身によるジャケットフォトそのままの、美しいノルウェーの自然をイメージさせる音楽。ブラックメタルにアグレッシブさのみ求める人には刺激が足りないかもしれないが、シンセアンビエントとして非常によくできた作品で気に入っている。特にジャーマンプログレ好きにはお勧め。

SORT VOKTER - Folkloric Necro Metal

sortvokter.jpg
(Northern Heritage/LP)
ILDJARNことVidar Vaaerを中心とした別ユニット。オリジナルはNorth League ProductionsとNapalm Recordsによる共同リリース。前半はILDJARNらしさを残しつつ、比較的ブラックメタルの形式(といってもメタルの標準からすれば、規格外間違いなしのプリブラではあるが)をとっており、その微妙なバランスが面白い。やけに目立つ打ち込みドラムと、今までのILDJARN本体のトラックでは殆ど併用されなかった寒々しいシンセサイザーが、このユニットならではの個性を打ち出している。この二つの要素が加わるだけで意外とILDJARNらしさを保ちつつもメタルへ近づけられるものだと思う。そしてさらに凄いのが#6、無茶な音質によるプリミティヴブラック…というよりもこれはパワーエレクトロニクスである。一応微かに単調なリズムはあるが、そのような演奏を押しのけて、もはや楽曲の主役となった高音域ノイズと人外の悲鳴がとにかく耳に痛い。#7は無謀極まりないダブ・プリミティヴブラックメタル。劣悪なヒスノイズをも素材として取り込んだ極端な音響加工は、ここまで来ると楽曲を聴かせるという本来の目的から完全に逸脱している。そしてラストを淡々としたシンセ曲で締めくくる。

ILDJARN - Ildjarn is Dead

ildjarnisdead.jpg
(Northern Heritage/CD x 2)
ILDJARNの最終作「Ildjarn is Dead」。本作は初期の再発済のテープ2本を収めたDisc1、貴重なマテリアルを集めたDisc2から成る2枚組。Disc2には最初のテープである「Seven Harmonies of Unknown Truths」(何故かBURZUMのブート「Svarte Dauen」に収録されてしまったトラックも含んでいる)のオリジナル&バージョン違いや、不気味なノイズトラック、鎮魂歌のようなシンセアンビエントまで幅広く収録。

ブラックメタル、特にプリミティヴブラックには殆ど一人で音源制作をする者が多々おり、そのようなブラックメタルの特有の制作スタイルこそが、この界隈にアンビエント作品を生み出して来た要因であったと思う。北欧の雪に閉ざされたスタジオで、孤独に延々と繰り返されるロウで劣悪な音響加工。楽曲よりも、断片化した諸要素を拡大し、曲展開よりもハーシュな音像を前面に押し出す。同じマイナー音楽同士、そこからノイズミュージックまでの距離は後一息である。そうして秋田昌美の指摘どおり、(音楽の形式においても反社会性的アプローチにおいても)ブラックメタルはWHITEHOUSEの領域へと至る。例えばILDJARNとWHITEHOUSEの前身COMEを比較すると、その類似がよく分かる。断片化した部分/ノイズのみで成り立つ逸脱は、因習化した音楽スタイルへのノイズ性となって立ち現れている。

何故、ILDJARNことVidar Vaaerが元THOU SHALT SUFFER(EMPERORの前身)のメンバーという経歴を持った人間でありながら、ノイズをも凌駕する極端な逸脱を成せたのかについて不思議に思えてならず、彼の作品を追って来た。しかし彼は本作で完全に活動を終了させてしまった。その態度は潔いというよりも、音楽及び人間社会への決別として映る。菜食主義者であり、自然を崇拝し、人間を嫌ったVidar Vaaerは、今頃はインタビューで語った通り、雪に閉ざされたノルウェーの奥地で隠者として暮らしているのだろうか…。

2007年10月19日

L’ACEPHALE - Mord und Totsclag

111615364_m.jpg
(Skullfucking Tapes/MC)
ブラックメタルとは社会へ対する断固たる拒否の表明であり、このバンドの場合、それはバンド名からもうかがえる。この態度は子供じみた露悪趣味とは異なる。このL’ACEPHALEはそのような社会的な意味で、興味深いブラックメタルバンドである。また、政治的思想性への傾倒を堂々と見せるMichael MoynihanのBlood Axis周辺人脈である、WaldteufelのMarkus Wolffがミリタリードラムで、本バンドに参加している(通常のドラマーはもう一名在籍している)。

未聴であるがL’ACEPHALEは「VA - compilation of Black Metal covers of Kazuki Tomokawa songs」にも参加しているとのこと(それにしてもブラックメタルと友川カズキ…、なぜそんなことになったのか)。本作はParasitic Recordsからリリースされた1stCDの、Skullfucking Tapesからのテープ版再発。典型的な劣悪音質プリブラを演奏するが、Burzumの影響の見いだせる厭世的で憂鬱なリフによる楽曲。そしてWaldteufelそのままのリチュアル・アンビエントやマーシャル・インダストリアル的な楽曲もあり。なかでも雷鳴のようなSEのなかプリミティヴなギターリフがミニマルに反復され、行進曲のように単調なミリタリードラムが打ち込まれるトラックなどは異形のブラックとして出色の出来。思想性を重視するようなノイズリスナー兼ブラックメタル愛好家に勧めたい作品。

2007年10月20日

AKITSA, PRURIENT - Split

akitsaprurient.jpg
(Hospital Productions/CD)
Hospital Productionsを主宰しているアメリカンハーシュノイズのPrurientと、カナダのNSプリミティヴブラックメタルのAkitsaという異色の組み合わせによるスプリットアルバム。まずはAkitsa、1曲目「Terre ternelle」は不気味な前兆を感じさせるメロディから、ハーシュな金属系ノイズに突入し、さらにそこから持ち前のプリブラへ展開するという素晴らしい内容。「Soleil Noir」以前の録音なのだろうか、スローで陰鬱なリフを淡々と繰り返し、断末魔の叫び声を呻き散らすという、BURZUM直系の厭世的ブリミティヴブラックをやっている。ひたすら反復されフェードアウト。2曲目「Goetie」は既発曲。全く同じ傾向かと思わせ、最後に四つ打ちドラムと悲壮なギターで締める。Prurientはダークな低周波からスタートし、微かに聴こえるクラシック曲既成音源を含みつつ、徐々にハーシュノイズによる暴虐が露になる展開の30分にわたる大作。ラストではパワエレ的絶叫も飛び出す。Grey Wolvesに影響を受けたと語り、イントロ的扱いながらハーシュノイズを導入したAkitsaによる冒頭曲がやはり印象的。ノイズとプリミティヴブラック、CD1枚を通してひとつの確固たる世界観を擁する傑作スプリット。とにかく真っ黒である。

AKITSA - Aube de la Misanthropie

aube.jpg
(Raging Bloodlust Records/CD×2)
カナダのNSプリミティヴ、Akitsaの二枚組。Disc1は1999年のデモ音源であるが、ここにまともなブラックメタルの痕跡はない。インプロのような不穏なギター〜うめき声〜演奏の断片と、壊れたプリブラが交互にやってくる展開。ノイズを聴く人間からすると、いかにもな雰囲気重視のノイズはいまいちだったりするのだが、ラストの20分あるノイズトラックは高内容。初期のWHITEHOUSEのようなスカスカのフードバックノイズが延々続き、男女のリーディングが淡々と語られる。Disc2はちょっとまともな(?)プリミティヴブラックになってきたと思える2000年から2003年までの音源集。垂れ流しインプロのような演奏とノイズが漂う中、ミニマルなギターフレーズやILDJARNの様なペナペナのプリブラが、突如思い出したように奏でられるという内容。特に#4の形容不能な無気力プリブラが素晴らしい。全くもって平坦でミニマルな演奏に、喚き声と棒読みの普通声ヴォーカルが乗る。普通にノイズだけをやっていたら案外平凡なノイズに終わっただろうが、絶妙なバランスで飛び出す壊れ切ったプリブラの要素がAkitsaらしく素晴らしい。

2007年11月14日

UNTIL THE LIGHT TAKES US

UNTIL THE LIGHT TAKES US My Space

Varg Vikernes on drugs

ブラックメタルのドキュメンタリー「UNTIL THE LIGHT TAKES US」のサイト。日本でも観られると嬉しいのだが。

2008年04月13日

MAYHEM来日に関して

とうとうMAYHEMがやって来る。この眼で確認しに行くつもりだ。(そして偶然であるが海の向こうではVarg Vikernesが仮釈放されるはずだ。)
当時のブラックメタルの反社会的行為を賞揚することは出来ないし、そんな子供じみたことをするつもりもないが、90年前後のノルウェーにおいて、社会と彼らが対峙することで引き起こされた一連の出来事は、文化の負の側面、その一切を引き受けたかのようであった。なぜそのような文化が生まれたのかを考えずにはおれない。

http://www.extremethedojo.com/future.html


Mayhem - Rehearsal with Dead and Euronymous '90

郊外に借りた家でのMayhemのリハーサル光景、90年ということであれば、メンバーはEuronymous(G), Necrobutcher(B), Hellhammer(Dr)のはず。冒頭で微笑む青年はDeadだろう。その平和で穏やかな日差しと草花などの自然の光景は、Euronymousと Deadがその後至る暗い結末とのギャップを強烈に感じさせる。人間は幾つもの可能性の中から、結末を選択する。それはもしかしたら凄惨なものであるかも知れない。しかし、まだ結末の見えぬ未然のこの瞬間には、永遠の平穏が存在している。それはいかなる凄惨な結末にも決して干渉されない。だから、本当は恐れるものなど何もないのだ。

2008年08月05日

ブラックメタルとプログレ/電子音楽とノイズ

書店で興味半分で「魔獣の鋼鉄黙示録—ヘビーメタル全史」を立ち読みしたところ、MAYHEM「Deathcrush」に、ドイツのプログレ/電子音楽の偉人であるConrad Schnitzlerが参加していた理由が書かれていた。
http://www.discogs.com/release/368615

ある種のブラックメタルの連中は音楽の幅が広いと思える。そういえば先日再発されたBrighter Death Now「Necrose Evangelicum」にはMortiisが参加している。
http://www.discogs.com/release/104612

あと、もちろんAttilaのSUNN O)))への参加も。

2009年01月28日

『Lords of Chaos/ブラックメタルの血塗られた歴史』について

多くの場合、日本におけるブラックメタルの受容は表面的なものであり、それは結局のところ音楽としての受容であったといえるだろう。一般的なメタルリスナーにしてみれば、それでも問題は全くなかったといえる。(EmperorとBurzumの日本盤発売なんて、もう10年以上も昔の話だ。その頃の私は、当時好きだったプログレとデスメタルとグラインドコアが重なり合ったような音楽としてブラックメタルを聴いていた。)
当時からブラックメタルに付随するサタニズムの要素は、ほとんど宣伝文句の域を出ないようなものとして取り扱われていた(Eat誌での特集は例外的だった)。「この人たちは悪魔崇拝してます、教会燃やしています、ヤバいです」というような言説は、音楽に添え物のように付随する分には、ほどよく危うい雰囲気を漂わせて丁度よい案配だったのだろう。ブラックメタルへの理解は、ほとんどの場合において表面的なものに過ぎなかった。
本書はそのようなブラックメタルへの表層的な理解を越え、この特異なサブカルチャーに対する歴史的・社会的把握を促す。そして、ある意味においてその危険性を理解する契機となる。原書の初版は98年であり、それは欧米でのNSBMの隆盛を予言するかのようなタイミングであったと言える。NSBMとはNational Socialist Black Metal (http://en.wikipedia.org/wiki/National_Socialist_black_metal)の略称であり、国家社会主義/民族主義を掲げるブラックメタルを指す。パンクにおけるそれの、ブラックメタルにおける表出と理解していいだろう。そして、これはナチズムと関連する。

続きます。

2009年06月20日

物語の終わり

960x.jpg

先ほど知ったのだが、ヴァーグ(BURZUM)が服役を終えて、先月刑務所を出所した。ノルウェー語は分からないが、以下を参照。彼が家族とともに平穏に暮らせる事を望む。
http://www.dagbladet.no/2009/05/22/nyheter/black_metal/varg_vikernes/6354526/

2009年12月13日

Burzumの新作「Belus」について

2010_belus.jpg
http://www.burzum.org/eng/discography/official/2010_belus.shtml

2010年3月8日にBurzumの新作がリリースされる。一見したところ直接的な政治性はそこに存在しないように思われるが、その神話的タイトルから察するに、ある種の社会的なブラックメタルとナショナリズムの関係は、どうしても切り離せないものなのだろうと思える。その考え方を共有することは私にはできないが、ヴァーグが今後どのような遍歴を辿って行くのかについては関心がある。それは社会と文化の関係を考えるうえで、極めて興味深い一つのケースとなる。(※オフィシャルサイトの情報が更新されたので、記事を修正しました。)

----------
ところで来年は、90年代初頭のノルウェーのブラックメタルを題材とした劇映画も公開されるはずだが、これについてはたとえ監督が誰であったとしても、あの一連の出来事が商業映画になるということについて、やっぱり違和感を持っただろうと思う。実際の事件や出来事の商品化も遂にここまで来たか、と。著者であるBlood AxisのMichael Moynihanはどう考えているのだろうか。

2010年03月01日

L'Acephale - Malefeasance

IMG_0231_047.JPG
(Aurora Borealis/LPx2)

「呪われた部分 有用性の限界」において、バタイユは残虐な生贄の儀式によって財を蕩尽した古代社会における宗教観・世界観について言及している。すべてを失うことで、自己の贈与と栄誉の統一を獲得する。それは死という完全な消尽によって、己を外部に投げ出し与え、共同体が全体性を獲得することである。供犠とは、社会において共同体を成立させるための手続きであった。
Set Sothis Nox La、Markus Wolff(Waldteufel、Crash Worship)による、L'Acephaleというこの風変わりなブラックメタルバンドは、特異なアイデアによって、文化的・社会的実践を、ブラックメタルにおいて試みている。それはバタイユが組織した秘密結社「アセファル(無頭人)」からバンド名をいただいていることからも明白である。ある種のブラックメタルがそのモチーフを右翼的ナショナリズムへとスライドさせてゆくのは、比較的よくあるケースだが、このバンドのケースは極めて特異である。(バタイユのアセファルは、神秘主義的な審級を社会が必要としてきた原理を明らかにし、それを擬似的なカルトとして組織化し、外部性を獲得することを目的としていた。)
一方でバタイユはファシズムを徹底して批判したことでも知られる(バタイユのアセファルの試みは当時、時代を覆ったファシズムを転倒させる闘争でもあった)。バタイユによると、ファシズムとは悪しき同質性が全体を包括するという状態を指す。ならば、このL'Acephaleとある種のブラックメタル、すなわちNSBM(国家社会主義ブラックメタル)との関係をどのように理解すべきなのか。

音楽的な側面について述べると、「Väinämöinen Nacht」はシンセによるドローンに宗教音楽からの引用音源が混入される楽曲。続く「Hitori Bon Odori」は友川かずきの「一人盆踊り」のカヴァー。アコーステックギターのフレーズが反復され、夜の森をイメージさせる木霊が響くというものになっており、元曲とは別物。「A Burned Village」は若干ブラックメタル的なヴォーカルも入る楽曲だが、荘厳なパーカッションがブラックメタルの形式から逸脱している。「From A Miserable Abode」は殆どパワーエレクトロニクス。ハーシュノイズにアジテーションが混入され、後半では民族音楽的なラッパによる異様なドローンへと突入する。「Sleep Has His House」は単調な電子音にヴォイスが重なる楽曲で、Current93のカヴァー。「Nothing Is True, Everything Is Permitted」はノイズからアコースティックギターのパートへと移行するダークアンビエント。ざっと言葉で説明しても分かるように、本作はこのバンドの他のアルバムと比較しても、ブラックメタルからは大きく隔たっている。ここではToroidh、Les Joyaux De La Princesseのようなマーシャルインダストリアル〜ネオクラシカルと、 Drudkh、Hate Forestのようなパガンブラックメタルが結合されている。

About Review: Primitive Black Metal

ブログ「Blog」のカテゴリ「Review: Primitive Black Metal」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはReview: Noise/Power Electronicsです。

次のカテゴリはReview: Trad, Folk/Progressive Rock/Othersです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34