メイン

Review: Neo Folk/Martial Industrial Archive

2007年02月12日

CRISIS - Holocaust Hymns

Crisis.jpg
(Apop Records/CD)
Death In June以前にWakefordとDuglas P.が在籍したパンクバンド、CRISISの再発編集盤。名前を耳にするのみで今まで聴かずにきたが、思いのほかDIJ特有の気怠さの漂う音楽であった。77年から80年までのシングル、ミニLP、デモから成り、所謂パンク的要素(キャッチーなリフ主体のシンプルな演奏、特にドラムがDIJと違ってまとも)がそこには色濃く見られるが、ノイズ・インダストリアルがパンク/ニューウェーブの負の側面であったとすればDIJの萌芽はここに既に用意されていたと見るべきだろう。ダウナーに沈降する淡々とした曲調には熱量と言うか初期衝動が希薄で、DIJ+パンクという独自の魅力を放つ。政治的に反ファシズムのスタンスを強く持つバンドであったが、それと同時に上記の二人は(恐らくはシンボルとしての)ファシズムの持つ規律、栄光ある死、美学にも惹かれつつあったと思われる。その後のDIJの世界を予見させつつも、パンクらしい若々しい力強さを聴かせる音楽。

2007年03月06日

BLOOD AXIS - Blot: Sacrifice In Sweden

blot.jpg
(Cold Meat Industry/CD)
97年のCMI10周年フェスティバルにおける歴史的傑作ライブ。レーベル番号はCMIの記念すべき100番に当たる"X"。メンバーはM.Moynihanによるスポークンなヴォーカルとマーチングドラム、A.Leeのストリングス、R.Ferbracheのキーボードとディストーションギター、そしてDer BlutharschのA.Juliusのサポートという強烈な布陣。

本作の根幹にあるものは王の犠牲。スウェーデンには王を生贄として神に捧げた、ユングリンガ・サガにおけるDomalde王の説話があるのだが、ジャケットはその伝説を描いた、スウェーデンの国民的画家カール・ラーション(1853-1919)による巨大なフレスコ画「Midvinterblot」。(この絵には逸話があり、論争を引き起こし博物館から展示を拒否され、一時日本人の手に渡った時期がある。現在はスウェーデンに戻されている。)

アルバムの冒頭はイギリスのオズワルド・モーズレーのスピーチよりの引用で幕を開き、ヘンデルの「サラバンド」、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」などのクラシック曲やトラッドのカヴァーを多いに含みながら進行する。伝統と歴史が複雑に入り交じった、重厚なネオクラシカル世界。FIRE & ICEのカヴァーも有り…しかし、FIRE & ICEのカヴァーはまだ分かるが、STRAWBSの「The Hangman And The Papist」までカヴァーしてるのには驚かれることと思う。オリジナルの物悲しい調子とはまた違う重々しさで「Forgive me God we hang him in thy name!」と連呼する。またLeeのストリングスが余りに美しい「Lord of Ages」が印象的である(この楽曲はドイツのAbsurdもカヴァーしている。恐らくMoynihanが執筆した書籍「Lords of Chaos」の取材において両者のあいだでコンタクトがあったからであろう)。

戦時下ファシスト政治家らのスピーチの引用は本作の王の犠牲という構図のなかで、重要なモチーフとして機能してると思える。戦争が終わり世界の刷新が行われる中で、ファシスト指導者はその時代と共に放逐されたと言うところか…。(王の犠牲は、古い世界を王と一体視して、王を殺すことで、新しい世界の到来を呼び込むという意味もあるらしい。王の犠牲の後、豊作が約束されたように。)彼らはある時代を覆った暗い思想の意味を、歴史に対し思考停止することなく、向き合おうとしているように見える。まあ、このような深読みは脇に置いても、単純に音楽としてプログレ愛好家には絶対のお勧めでもある。

2007年03月23日

CHANGES - Fire of Life

changes.jpg
(Hau Ruck!/LP)
普通のフォークとネオフォークを分つものとは何か。思想や題材、あるいはあの暗く淀んだ空気の匂いがそれを分つものなのだろうか。中世の歴史的モチーフ、儀式的モチーフ等々、アポカリプティックフォーク〜ミリタリーポップ〜ネオフォークと呼ばれるこれらの音楽の萌芽はノイズ・インダストリアルと同じく80年代に(ゴシック・シーンとリンクしつつ)生じた。中心的存在となるのはやはりDIJ、C93だろう。その独特な世界観の打ち出しは、「ノイズ」の政治的・文化的方法論と同一とは言えないまでも、共振する部分は多かったと思われる。しかし、その動向から隔絶した地点で彼等、CHANGESは既に存在していた。今日のネオフォークの隆盛の遥か以前、60年代末より活動を開始していたというCHANGESは、一旦は音楽から離れていたものの、近年になってM.Moynihanとの出会いにより浮上する。

素朴な、しかし力強いアコースティックギターの演奏と、強い意志を感じさせる歌声。飾りやギミックのない、ありのままの美しいフォークソング。退廃的な美しさを感じさせる多くのネオフォークグループと彼等の最大の違いは、聴くものをポジティヴにさせるその明るさと純粋さにある。たとえ命を落とす危険があろうとも、前に進むことを止めない義勇兵のような清々しい勇ましさ。サウンド的にはノイズ的要素は皆無であるが、オーディニズム/アサトルを背景に持つ彼等の世界観は奥深い。それは「ノイズ」の政治的・文化的方法論に近似するものとして解釈できる。60年代にはミリシア(民兵)にも関係していたという彼等が、どのような視線でこの世界を見つめているのか、この音楽から感じ取れればと思う。

CHANGES Live

CHANGESのロシアにおけるライブ映像。これを聴きながら、TESCOをはじめとするマーシャル・インダストリアル勢が彼らをサポートすることの意味を考えたい。これはノイズ/パワエレと同じ種類の強靭さに裏打ちされた音楽である。

2007年03月27日

FORSETI - Erde

forseti_erde.jpg
(Goeart, Grunwald/CD)
北欧神話における裁きと調停の神FORSETIの名前をバンド名に戴いた、Andreas Ritterを中心とするドイツのネオフォークユニット。このFORSETIは私がネオフォークにのめり込む切っ掛けになったバンドであり、是非トラッド&フォークリスナーにも聴いてもらいたいと思う。細部まできっちりと制作された豪華なブックパッケージ仕様。

欧州マーシャル・インダストリアルと同じように自分たちのルーツを誇りを持って掲げ、当然のように全曲自国語で歌う。その楽曲はアコースティックギターを中心に奏でられ、弦楽器、アコーディオン、メロディカがそこに寄り添い、穏やかに鳴り響く。自分たちがどこから来て、どこに立っているのか(すなわちナショナリズムの肯定されるべき側面)を真摯に見つめた、素朴でありながら力強い民衆の歌。作為的な要素がなく純朴極まりないAndreas Ritterのヴォーカルを、SONNE HAGEL、FIRE+ICE/Ian Read、In Gowan Ring、OTWATM/Kim Larsen、ORPLIDのメンバーをはじめとした多くのサポート陣ががっちりと支える。ちなみにSONNE HAGEL、ORPLIDのカヴァー、Kim Larsenとの共作も含み、アルバムの最後はそのORPLIDの名曲「Das Abendland」で締めくくる。

ノイズの要素は全くないが、一聴すればマーシャル・インダストリアルとネオフォークが近しい理由を感じ取れると思う。ノイズ・インダストリアルを背景/テーマ込みで聴取出来て、過去に一度でもトラッド&フォークあるいはプログレにはまった経歴のある方なら、間違いなく一生聴き続けられる名作。

2007年08月25日

Power Electronics, Neofolk関連 Live映像

こういったものをよく観ている。どれも「芸術のための芸術」という原則からは外れた、社会的・政治的コンテクストを持った音楽/ノイズだが、「社会的カテゴリー:音楽」における運動あるいは実践として解釈したい(各個の主張を支持するのかどうかとは別の次元で)。Sol Invictusの歌う「Against the Modern World」は、ユリウス・エヴォラの著作「Revolt Against the Modern World」が参照されるそうだが、邦訳なし。


Genocide Organ


Anenzephalia


:OTWATM:


Blood Axis


LJDLP & Blood Axis


Death in June


Sol Invictus


Darkwood


Graumahd

ところでDer Blutharschがひとつも引っかからないのは何故?。以前はもっとあったはずなのだが。

2007年09月19日

OSTARA - Kingdom Gone

ostara.jpg
(Eis&Licht/CD)
ネオフォークというよりも、このバンドはダークポップと呼称した方がしっくりくるRichard LeviathanらによるイギリスのOstara。ちなみにLeviathanはForesta Di Ferro(John Murphy, Marco Deplano, Richard Leviathan)にも参加する。朗々とした歌唱の甘みのあるヴォーカル。物悲しさを感じさせつつ、ポップなメロディが心地良い楽曲群。ノイズ・インダストリアルとは形式的にかすりもしない、一般にもアピールするようなポピュラー音楽である。しかし扱う題材はやはりネオフォーク系列らしい。しかもDIJと同じく三島由紀夫に対しての並々ならぬ関心がある模様で、「君が代」から突如クラフトワークのような軽快なテクノポップに突入する「Tatenokai」という異色曲まで収録されていたりもする。欧州の復古主義者が音楽(=文化)に思想の結実を求め、やがて異国の同志としての三島由紀夫に辿り着き、これを我々日本人が極めて捩じれた経路を通して聴く。彼らのような音楽の場合、その歴史への熱意が強ければ強いほど、ノンポリ一般層との差異が大きくなることは否めない。この音楽を聴いて共感するのか、差異の大きさをキッチュとして楽しみ聴取するのか。それによって明らかになるのは聴取者の過去への向き合い方であると言える。

2008年01月08日

DEATH IN JUNE - Live in Italy 1999

dij1999.jpg
(Neroz/DVD)
99年イタリアでのライブ。スモークの中に浮かび上がるマスクにて顔を覆った3人。その姿は異様な存在感を放つ。ダグラス・ピアースはヴォーカルと、曲によってはスタンディングドラムも叩く(中盤よりアコースティックギターも)。Der Blutharschのアルビン・ユリウスは主にキーボード担当で、彼も曲によってはスタンディングドラムを叩く。ジョン・マーフィーはパーカッション、スタンディングドラムを専任。何とも豪華極まりない編成。アルビン・ユリウスはこの数年前からDIJのアルバムに参加したり、DIJ周辺人脈との親交を深めており、Der Blutharschの活動へのフィードバックも大きかっただろうと思われる。(80年代ノイズ・インダストリアルと現代欧州ヘヴィーエレクトロニクス。この両者を繋ぐバンドとしてDIJは重要なポジションに位置する気がする。)

前半はギターを用いない選曲で、バックトラックにキーボードと行進曲のようなミリタリードラム連打とヴォーカルが加わる演奏。ひたすら重々しい荘厳な展開。ダグラス・ピアースの白仮面と迷彩服という出で立ちから、ある種、宗教儀式的な印象も受ける。そして中盤にてダグラス・ピアースが白仮面を外し、アコースティックギターを抱え「Little Black Angel」を奏で出し、ここで空気ががらりと変わる。窓が開け放たれ、澄んだ風が吹き抜けるように。しかしその音楽の持つ感触は変わらない。終末を前にして歌われる哀歌のようなフォークソング。それは明るく、軽快で、勇ましく、寂しい。繊細で味わい深いネオフォークが次々と繰り出される至福の選曲が続く。そして最後は唸りを上げる手回しサイレンにミリタリードラム連打にてステージを締めくくる。虚無、全体主義、同胞愛、ファシズム、ペイガニズム、ミリタリー嗜好等々、それらのような記号が渾然一体となったライブである。

さらにクロアチアで催されたレイヴパーティーのPVも収録。この曲ではダグラス・ピアースのヴォイスが使用されている。こういうレイヴカルチャーにゴシック〜ダークウェーブ〜インダストリアルが繋がる流れはあまりよく知らないので、どういう経緯でこうなったのかは分からないが、レイヴカルチャーのただれた退廃的雰囲気にその声が奇妙にマッチしている。

2008年01月11日

DEATH IN JUNE - Brown Book: 20th Anniversary Edition

di6-2.jpg

di6-1.jpg
(NER, Nerus/CD x2)
CD1
01. Heilige Tod
02. Touch Defiles
03. Hail! The white grain
04. Runes and Men
05. To drown a Rose
06. Red Dog - Black Dog
07. The Fog of the World
08. We are the Lust
09. Punishment Initiation
10. Brown Book
11. Burn Again

Disc1はLPオリジナルバージョン。Douglas P, Tony Wakeford, Patrick Leagasのオリジナル編成が1985年に解体し、DIJ=Douglas Pとなって以降、「The Wörld Thät Sümmer」に続く1987年の代表的作品である。基本的には幽玄なコーラス(Rose McDowall、David Tibet)を伴った、アコースティックギターによるフォーク楽曲が演奏される。そこに戦時下音源コラージュや不定形な音響、そして最小限の打ち込みのリズムが加えられ、DIJ=Douglas Pでしかあり得ない妄想めいた領域にまで高められた全体主義、共同体への憧憬が展開される。旧東独にて出版されたナチス党員リスト「Brown Book」からタイトルを取った楽曲にてナチス党歌を合唱していることが、あまりにも直接的な表現であったためか、ドイツでは発禁となった。

CD2 (20th Anniversary Edition):
01 Heilige Tod
02 Touch Defiles
03 Hail! The white grain
04 Runes and Men
05 To drown a Rose
06 Red Dog - Black Dog
07 The Fog of the World
08 Europa: The Gates of Heaven And Hell
09 Punishment Initiation
10 Brown Book - Re-read
11 Burn Again
12 Zimmerit
13 Europa: The Gates of Heaven
14 Brown Book

Disc2は改編版となり、印象はオリジナルと比較してかなり異なる。1-7曲目まではオリジナルのままなのであるが、後半はがらりと構成が変更されている。8,9,11曲目はコンピレーション「Abandon Tracks」からのバージョン。10曲目は表題曲の「“The Cathedral of Tears」に収録されたRe-readバージョン(14曲目も同一曲の別テイク)。12,13曲目は「To Drown a Rose」に収録され「The Corn Years」にも再録されたバージョン(ちなみに10曲目と13曲目は同一曲の別テイクである)。この12曲目の憂いを含んだが歌声がとにかく素晴らしく、本構成での一つの山場となっている。14曲目は10曲目と同じく表題曲の「The Cathedral of Tears」に収録されたWhiphand 6 logoバージョン。2曲の「Brown Book」がナチス党歌ではなく、言霊のようなリーディングが浮遊するバージョンの別テイク2曲に差し替え得られているのがDisc1との最大の違いである。

髑髏のシンボルマークが彫られた石製円形ボックスに、パッチと大戦中の兵士の写真が用いられたインサート入り。そのインサート類のなかで、兵士の衣装に身を包んだDouglas Pも彼らに同化し鋭い眼光を放つ。

我々はあまりに希薄化、断片化、記号化した現代の社会空間のなかを漂いながら生きている。そして、この宙吊りの生のなかで、自己の外部に何らかのフレームを欲すること、自己の存在を保証する支えを欲することは当然の欲求である。国家、宗教、思想、民族、歴史、家族、組織といった外部の支え。それらに過度に依存することの危険性は言うまでもないだろう。

強い求心力を持つファシズムの美学に引きつけられながらも、ギリギリのところでそれらをシンボル化されたモチーフとして相対化させようとするDouglas Pの姿勢は、私にとって三島由紀夫に近しいものとしてうつる。

2008年02月19日

Of The Wand And The Moon - Sonnenheim

sonnenheim.jpg
(Heidrunar Myrkrunar/CD)
軽やかで美しいDIJ直系のアコースティックギターの演奏に、穏やかに呟くようなヴォーカル。空高く掲げられ、風にたなびくジャケットのモニュメントのように、気高く天を仰ぐようにして歌われるパガン・ネオフォーク。このOTWATMは Kim Larsenによるユニットであり、本作ではForsetiのA.Ritterもヴォーカル、アコーディオンで参加している。A.Ritterの奏でる美しいアコーディオン音の皮膜は、俗世から演奏の場を聖別するかのようにして包み込む。このユニットの持つ親しみやすい普遍的な感触は、国歌や民謡のように、昔から民衆に歌い継がれてきた楽曲を思わせる。シングルで先行した「My Black Fate」(タイトルがちょっと変えられている)、「Hail Hail Hail」も収録。印象的なジャケット写真もKim Larsenによるもの。ルーン文字がエンボスされ、金色の印刷が施された美麗なアートワークも、自分達の民族的ルーツを尊重しようとする想いに満ち満ちている。民族主義、復古主義を誘導する文化装置としての音楽。

2008年03月18日

Death in June - Free Tibetをダウンロード

Death in JuneとDavid Tibetによる、2006年のオンラインのみの無料アルバムです。
http://www.deathinjune.net/disco/dij-freetibet.htm

2008年07月23日

Down in June

ネットを巡回していて発見。DIJのカヴァーバンド、その名もDown in June。かなり素晴らしい。
特に「kameradschaft」がほとんど別物に。

http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewprofile&friendid=206115635

2008年09月28日

WERKRAUM - Early Love Music

elmbox.jpg
elmcd.jpg
(Ahnstern/CD, MCD)

Axel Frankを中心として、楽曲ごとにChangesのNicholas Tesluk、Robert N. Taylorをはじめとした、数多くの音楽家が参加するドイツのネオフォークユニットWerkraumの傑作。本作は通常版CD、木箱入りCD、LPという三つのバージョンでリリースされており、内容も若干異なる。彼らによって演奏される楽曲の多くはトラッドやフォークソングのカヴァーであり、音楽の印象は基本的に70年代英国トラッド&フォークに近い。そこに楽曲によっては若干サイケデリックな要素を付け加えた感じである。ここでは木箱入りCDについてレヴューするが、引用元に意味が含まれているものが多いので、分かる範囲でリンクをつけたいと思う。

「Beware The Jabberwock!」は、Donovanの「Jabberwocky」(http://jp.youtube.com/watch?v=PnqK-1CPxLk&feature=relatedhttp://jp.youtube.com/watch?v=uQTDIHb15Jc&feature=related/こちらはアニメーション版)のカヴァー。ルイス・キャロルからとられた歌詞を、ChangesのNicholas Teslukが歌い上げる。アコースティック楽器群による哀愁感あるアレンジが素晴らしい。
「La Marmotte」はトラッドのカヴァーであるが、歌詞はベートーヴェンもテーマとして作曲したというゲーテの風刺劇の一節から取られている。女性ヴォーカルは前作から引き続いてAntje Hoppenrathによる。引用元のトラッドは「Star of the County Down」(http://jp.youtube.com/watch?v=9k9-iOepDPk&feature=related)であるようで、英国フォークロック寄りのアレンジが加えられている。ちなみにShirley Collins and Albion Country Band「No Roses」に収録されていた「Murder Of Maria Marten」もこのトラッドのカヴァーである。もちろんShirley CollinsもWerkraumも、どちらも素晴らしい出来。
「Ein Lied Von Lieb Und Treu」は歌詞はKarl Römerからとられているらしいが、私にはよく分からない。楽曲はアコーディオンによるアレンジが美しいフォークである。
「Santy Ano」はトラッドのカヴァー(http://jp.youtube.com/watch?v=JnO_IuOT9ks)。勇ましい曲調にハーディーガーディー等によるアレンジが映える。
「Slâfest Du, Vriedel Ziere?」は12世紀の音楽家ディートマー・フォン・アイストからとられているが、これも私にはよく分からない。リュートとアコースティックギターによる静かなフォーク。女性ヴォーカルはAntje Hoppenrathによる。
「Song For Erik」はNicholas TeslukのヴォーカルとAxel Frankのアコースティックギターによる10分にも及ぶ楽曲。アンビエントな展開もある。
「The Dream」もNicholas TeslukとAxel Frankの二人による演奏だが、この曲ではオルガンが導入されており、何ともプログレ的な印象となっていて面白い。
「Allgemach」はアーダルベルト・シュティフターの詩がSturmperchtのMax Perchtによって語られる楽曲。
「Der Schmied」はSteeleye Spanも「The Blacksmith」(http://jp.youtube.com/watch?v=3WGIo_y7jdI)としてカヴァーしていたトラッドであり、これも英国フォークロック寄りのアレンジが加えられている。
「Beyond The Evening Star」はChangesのRobert N. Taylorのヴォーカルによるサイケデリックなフォーク。
「The Smiling Of The Rose」はHerr Windのヴォーカルによる、これもサイケデリックなフォーク。
「Une Jeune Fillette」はAntje HoppenrathとAxel Frankのヴォーカルによる、優美なトラッドのカヴァー(http://jp.youtube.com/watch?v=NJ9xqBsROBQ/「めぐり逢う朝」の一場面より)。リュートやハーディーガーディーによるアレンジが素晴らしい。
「Die Rechte Braut」の歌詞はKonrad Weissからとられているらしいが、これも私にはよく分からない。楽曲はThomas Natschinkiのカヴァーのようであり、哀愁漂うフォークへとアレンジされている。
「Sanctity And Steel」はLady MorphiaのNick Nedzynskiがヴォーカル、Chris Nedzynskiがドラムにて参加したネオフォーク。

続いてボーナスCDに移る。
「Tous Les Jardins Du Monde」もトラッドである「Une Jeune Fillette」のカヴァーだが、ここではAxel Frankひとりによってリュートで演奏されている。
「Casey」はRobert N. Taylorがヴォーカルにて参加したフォーク。Shawn Phillipsのカヴァー(http://jp.youtube.com/watch?v=Ojde4_oDc_E&feature=related)である。
「Sommermale」はシンプルで物悲しい、弾き語りによるフォーク。ここでもAxel Frankひとりによってアコースティックギターとピアノで演奏されている。
最後は再びAntje HoppenrathとAxel Frankによる「Une Jeune Fillette」の別ヴァージョンで締めくくる。

本作の素晴らしさは欧州の伝統文化やトラッドを参照することで、自らの音楽を消費物としての音楽に押し込めるのではなく、欧州の文化の体系そのものに自らの音楽を接続させようとしているところにある。この意思は60〜70年代の英国トラッド&フォークを担った音楽家らと同質のものであると思える。これはナショナリズムというより、パトリオティズムに近い。日本においては、ネオフォークを取り上げる雑誌は皆無だが、Molehillには入荷すると思うので是非手に取ってみてほしい。

それにしても本作に限らず、ネオフォークの多くがノイズ・インダストリアル系列のレーベルからリリースされているのはユニークな現象だと思う。
ネオフォークの担い手たちは、明らかに普遍的な感情としてのパトリオティズムに依拠して自らの音楽を演奏している。それに対して80年代のノイズ・インダストリアルの担い手が政治的あるいは民族的題材を取り扱う時、その多くはファシズムにまつわる諸々を反社会的な記号として使用されていた。それは脱構築のためのノマド的差異産出体であることを意図したものである。
しかし90年代に入って、欧州で政治的なパワーエレクトロニクス・マーシャルインダストリアルが勃興してくると、80年代的なノイズ・インダストリアルの記号的戦略は後退してゆくようになる。そして表面的な戦略としてではなく、作品の主体として政治的あるいは歴史的題材を取り扱う方向へ状況はシフトしてゆく。そこでは戦略的に狙って仕掛けるような(ある意味では子供じみた)ファシズムの記号の氾濫は姿を消し、どちらかというと自己の本心そのままに、ストレートに政治的あるいは歴史的題材が使用されるようになる。
このなかでネオフォークの担い手と、政治的なパワーエレクトロニクス・マーシャルインダストリアルの担い手が互いに共鳴し合ったのが、この現象の原因であったと思う。先述したようにネオフォークの担い手たちは普遍的な感情としてのパトリオティズムに依拠しており、これは自己の本心そのままに、ストレートに政治的あるいは歴史的題材を取り扱う政治的パワーエレクトロニクス・マーシャルインダストリアルの担い手の心性と極めて近しい*1。
以上はあくまで私的な見解であるが、ノイズ・インダストリアル、あるいはネオフォークの社会的意味は時代に応じて変化して来ている*2。それは文化の社会的機能を考えるうえで、多くの示唆を含むものである。

註:
*1. しかし政治的あるいは歴史的題材を使用したとしても、結局は表面的なファッションに留まる場合もあり、または逆に本気で極端な政治思想に走る場合もある。様々なケースがあるため、あまり普遍化して言うのも無理があるのだが。
*2. ここでは実験音楽としてのノイズ・インダストリアルは除外して話を進めた。ここで問題としたのは、より社会的な側面の強いノイズ・インダストリアルについてである。

追記:
メールで感想を送ってみたところ、Axel Frankから返事を頂いた。そこには感謝の言葉と、日本にWERKRAUMの聴衆がいることへの驚きと、自分たちの音楽がフォークと中世音楽に深く関係していることなどが述べられていた。

2008年10月15日

DER BLUTHARSCH新作

db_ail.jpg

DER BLUTHARSCH - Everything is alright! , CD
a compilation of rare tracks and remixes recorded 2oo2 - 2oo8 (WKN32)

まだ入手していないが、いずれ購入したい。

2009年01月10日

Down In June - Covers... Death In June

downinjune.jpg
(Neros/CD)
Down in Juneはスウェーデンのグループであり、男女三名のメンバーからなる。Down in Juneという名の通り、ここにおさめられた楽曲は、そのほとんどがDeath in Juneのカヴァーである(両者の共作も収録されている)。リリースはDeath in June絡みのNERアメリカ支部Nerosより。
本作では原曲は解体され、見事に新しい楽曲として生まれ変わっている。男女のヴォーカリストを擁していること、よりポップなアレンジを加えていることなどが、結果的に原曲の持っている普遍的なトラッドのようなメロディの良さを、明るい方向へと開花させている。どれもこれも面白い解釈が行われているのだが、私個人は「Kameradschaft」のカヴァーが特に良いと思えた。か細いギターの爪弾きに弱々しいヴォーカル、そこから広がりを持たせたパートへと、ゆっくりと展開してゆく。例えるならば4AD系列の女性ヴォーカルのグループによく似ている。
それにしてもDown in Juneのスタンスは独特だ。このスタンスは一見してカヴァーバンドのそれである(まるでZEPのカヴァーバンドのように)。しかし、彼らは単なるファン意識に立脚したカヴァーバンドではない。彼らの解釈が余りに強いのだ。しかもDown in Juneとしての固有性を出すことはDown in June自身を輝かせるとともに、Death in Juneの象徴性をも輝かせる。この関係から、もはやDown in JuneはDeath in Juneのアバターである、ということが出来るだろう。

About Review: Neo Folk/Martial Industrial

ブログ「Blog」のカテゴリ「Review: Neo Folk/Martial Industrial」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはReview: Modern Musicです。

次のカテゴリはReview: Noise/Power Electronicsです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34