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Critique: Archive

2007年06月04日

告知: 表象文化論学会第2回大会

2007年6月30日(土)・7月1日(日)
東京大学駒場キャンパス

6月30日(土) 18号館ホール
13:00~13:30 総会(会員のみ)

6月30日(土) 18号館ホール
14:00~17:00 シンポジウム「拡張するユマニテ、揺動する表象」
──人間存在と表象とが互いに絡み合いながら大きな変動のなかに晒されつつある。それを触知する。
【パネリスト/発表タイトル】
・山内志朗(慶応大学)「反表象論の構図と一つのヒストリー──アメリカにおける魔術と表象」
・坂本伝(シンガポール国立大学)「ポストヒューマンの時代における建築と表象──ニューヨーク・ハイラインプロジェクトを通して」
・佐藤良明「サイボーグ獣<ボクラ>の現在」
【コメンテーター】
リピット・水田尭(南カリフォルニア大学)
【司会】
北野圭介(立命館大学)

18:00~19:00 パフォーマンス「声と身体--巻上公一の冒険」
【Part 1】 巻上公一SOLO
・トゥパ民謡「黒い鶴」
・声とテルミンのためのSOLO「ヤバラホエ」
【Part 2】 マキガミック・テアトリック
・巻上公一 作・演出 チャクルパ3「ウルルンソナタ」(2007)
・クルト・シュヴィッターズ「ウルソナタ」(1922-1932) より 
【出演】
巻上公一/市毛友美子/檜山ゆうこ/マリア/大隅健司/Janmah島村/太田収紀/栗林久美子/矢萩竜太郎/五十嵐正貢/山本謙/ETUKO/田代圭/原牧生/白石結城/ネモトモトキ/畠中容子/徳久ウィリアム/華代

19:30〜21:30 懇親会(関係者のみ)

7月1日(日) 18号館4階コラボレーションルーム1~3
9:30-11:30
■パネル1:20世紀中国における美と政治
【コメンテイター】中島隆博(東京大学)
【司会】橋本悟(東京大学)
・朱光潜と李沢厚の論争/橋本悟(東京大学)
・戦後台湾におけるモダニズム美術史の構築--1980年前後の李仲生とある美学者の論争をめぐって/呉孟晋(東京大学)
・1980年代中国「美学熱(ブーム)」の位相--李沢厚、劉暁波、劉小楓の論争を中心に/秋山珠子(中央大学)
■パネル2:受容としての「日本思想」〔思想篇〕
【コメンテイター】宮山昌治(学習院大学)
【司会】三河隆之(東京大学)
・本能の諸相--大杉栄の「生の哲学」再考/星野太(東京大学)
・「この」現実の現実性を--九鬼周造の〈パッション〉/三河隆之(東京大学)
・絶対無の詩学--マラルメを読む田辺元/坂口周輔(東京大学)

13:00-15:00
■パネル3:開化と啓蒙−−近代日本における知の変容と再配置
【コメンテイター】李孝徳(東京外国語大学)
【司会】松浦寿輝(東京大学)
・国家理性、啓蒙、敵−−丸山真男の福沢諭吉/金杭(東京大学)
・仮構される内発性と国民文学--漱石の18世紀英国小説論を読み返す/武田将明(法政大学)
・二つの啓蒙--『百科全書』と『百科全書教導説』/大橋完太郎(東京大学)

■パネル4:受容としての「日本思想」〔芸術篇〕
【コメンテイター】横山太郎(跡見学園女子大学)
【司会】柿並良佑(東京大学)
・様式を通じた世界との接続--伊東忠太による「日本建築史」/天内大樹(東京大学)
・近代日本の「美術」と「文化」をめぐる諸制度--矢代幸雄による美術史記述と文化国家論/小澤京子(東京大学)
・天・地・人をつなぐもの--世阿弥「一調・二機・三声」をめぐって/玉村恭(東京大学)

■パネル5:Redrawing Other's Space: Landscapes, Geographies, and the Formation of Identities in the Japanese Empire
【コメンテイター】安西信一(東京大学)
【司会】佐藤守弘(京都精華大学)
・Yokohama Shashin and Representation of Japan in the Late Nineteenth Century Visual Culture/佐藤守弘(京都精華大学)
・Landscapes and the Logistics of Vision in Meiji Japan/Gyewon Kim(McGill University)
・朝鮮映画の風景と郷土性の問題 /金麗実(京都大学)

15:30-17:30
■パネル6:身体・映画・絵画にみる大日本帝国--ナショナリズムとジェンダー
【コメンテイター】坂元ひろ子(一橋大学)
【司会】香川檀(武蔵大学)
・ふたつの御前会議--敗者/勝者のためのせめぎあう記憶/北原恵(甲南大学)
・エスノセントリズムの“善意”--表象としての沖縄/宜野座菜央見(明治大学)

■パネル7:死を葬(おく)る--表象をめぐるホラーと喪の物語
【コメンテイター】齊藤征雄(東北大学)
【司会】齊藤征雄
・圓朝の幽霊、あるいは怪談噺の粘着性について/斎藤喬(東北大学)
・死の(代理)表象の造作--「燃える子供」の夢の解釈例から/松本由起子(札幌大学)
・楳図かずおとホラーの目撃者--主人公の不死性と可死性をめぐって/石岡良治(大妻女子大学)

*プログラムは予告なく変更される場合があります。

事前登録:不要
参加費:会員=無料/非会員=1日ごとに1000円
問い合わせ:表象文化論学会事務局
〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1
東京大学大学院総合文化研究科 表象文化論研究室内
FAX: 03-5454-4336
E-mail: repre@repre.org
URL: http://www.repre.org

2007年09月09日

夏の終わりの読書

読書三昧の日々。足立正生「映画の戦略」は雑誌「映画批評」で読んだものも多かったが、まとめて読むと考えさせられることが多い。この本は自室机横の本棚の「座右の書」セクション入り確定である。今村太平「記録映画論」は昭和15年の初版ということもあり、痛みも激しく旧字体がすこぶる読みにくいが、この時代の記録映画についての論考に直接触れられて新鮮ではある。

60年70年安保当時の言説や文化を調べれば調べるほど、果たして自分はいまここにおいて主体的な行動を実践しているのかとの疑問が浮かぶ。なにも直接政治運動にコミットするという訳ではないが、自分を取り巻くレベルの情況に対して何かを成すべきなのかもしれない。ちょうどサルトルをかじっていることもあり、強くそう感じる。こんな青臭い考えは思春期に終わらせておくべきものなのかもしれないが、形式主義において芸術を消費する期間が長かったので、自分は今頃こんな精神発達段階にある。

ところで私は基本的に文学と演劇がとにかく苦手であるが、その理由はここに書かれているものと大体同じかと思う。
http://home.t01.itscom.net/tzy/n-o.html

2007年09月16日

三島由紀夫, 東大全共闘 - 美と共同体と東大闘争

mishimazennkyouto.jpg
(角川文庫/Book)
思いのほかユーモアの感じられる雰囲気のなかで討論は具体的議論というより、歴史・時間と関係性についての観念的議論へ向かう。三島にとっての時間の捉え方は、基本的に連続的で歴史を尊重するものである。ただし彼は歴史の集積の極点として、今ここにおいて個人が行動を起こすことを強く勧める。そこで未来は「あとに続くもの者あるを信ず」との言葉に集約される存在となる(未来には何も賭けられないのだ、しかしここに潜む矛盾は全共闘Aのあとがきにおいて指摘される)。これは事物の背後にいかなる「本質」も「目的論」も認めずに、時間の非連続(可能性そのものの空間)のなかで、実在的諸関係に対して拒否姿勢をとる全共闘とも相通じる部分があったのかもしれない(「関係立ったところからそれを逆転するのが革命」という、全共闘Cの言葉に集約されるように)。
しかしやはり全共闘からしてみれば、三島の時間(=日本文化)へ対する膠着、あるいは観念に名前がなきゃ観念じゃないという発言からも分かるように、自分たちと三島の間にある距離は大きかった。さらに三島は価値存在として、「政治的な意味での天皇」ではなく「文化概念としての天皇」を提言する。全共闘Aはこの三島の考えについて、日本人であるという限定を彼が自己に下し、歴史という過去の規定性と、超越志向の二重性を彼が進んで引き受けようとしているのではないかと疑問を述べる。そして、それは文学の思想の問題であるとも述べる。
そうして両者の対決は、ただ現在へ、ただ一瞬へ投擲する者であるというスタンスから歩み寄りの可能性を持ちえながらも、一方はあらゆる関係性を変換し続けようとし、一方は過去との関係性を尊重しようとするがゆえに、結局は平行線のまま終わることとなる。
個人的には全共闘が何を考えていたのかが、三島由紀夫という強烈な鏡に反射されることによって明らかになったように思え、非常に勉強になった。また、殺伐とした言い争いではなく、豊かに湧き出る源泉のような言葉のやりとりと、どことなくユーモラスな雰囲気にとても好感を持った。

それにしても思うことがある。この時代は芸術と政治の距離が近かった時代であるが、果たして現代はどうなのであろうか。私は現代美術と実験映画への関心からこの時代に興味を持つに至ったが、この時代に生きた多くの作家には、芸術と政治を包括的に思考していく気概が有ったように思う。安直な社会主義リアリズム、あるいは反体制運動一辺倒に陥るわけでもなく、仙人のように社会から遊離して芸術に没頭するのでもなく、多くの芸術家が思考しながら揺れ動いていたように思う。
これに対して現在の芸術、特に現代美術と実験映画(あるいは実験映像やメディアアート)の情況は、ポストモダンの上滑り的解釈から自覚なく表層的引用を行い、挙句の果てにその引用したものをメインコンテンツとして据えることで前近代的、あるいは象徴主義的、あるいは取るに足らないプライベートな生の吐露へと転落してしまっているように思える。

「関係立ったところからそれを逆転するのがモダニズム以降のあり方じゃねえのか、バカヤロー」と全共闘Cに倣って叫びたくもなる情況だ。

2007年09月18日

読書の感想

全共闘世代の読んだであろうものを読んでおかないと、この時代について分からないことが多そうなので、避けていたこの辺りの本をさらに読んでみたい。ただし新左翼になって社会主義リアリズムに傾倒すること、あるいは現実の細分化された社会問題に入り込みそれをメインコンテンツ化すること(マルチチュードへの同化)は、私の場合ないだろう。ここから私が学べることがあるとすれば、脱構築でもポストモダンでもよいのだが、実践のなかで諸関係の変換を行うという戦略についてだろう。

スガ秀実を読んで、土本典昭が水俣へ向い、小川紳介が三里塚へ向かったことの背景が分かった。またこれは現在のドキュメンタリーのパーソナル化の理由付けにもなる。

あとは、欧州ネオフォークがなぜナショナリズム/共同体への思想的傾倒を見せるのかということについて、三島由紀夫による「文化概念としての天皇」の考えを経由することで納得が出来た。

2007年10月30日

表象文化論学会第2回研究発表集会

表象文化論学会第2回研究発表集会

日程:11月17日・18日
場所:東京大学駒場キャンパス

■11月17日(土)

13:00- 14:00 [18号館4階コラボレーションルーム1]
表象ダイアローグ「ドストエフスキーを書く」
対談:亀山郁夫(東京外国語大学)・松浦寿輝(東京大学)
司会:浦雅春(東京大学)

14:20-15:50 [18号館4階コラボレーションルーム1]
レクチャー・セミナー「現代文化理論の射程:竹峰義和『アドルノ、複製技術へのまなざし』を端緒に」
著者:竹峰義和(埼玉工業大学・武蔵大学ほか非常勤)
コメンテーター:清水一浩(日本学術振興会特別研究員)・杉橋陽一(東京大学)
司会&コメンテーター:堀潤之(関西大学)

16:10 - 18:10 研究発表1・2(3名×2組)
研究発表1 知覚・世界・哲学 [18号館4階コラボレーションルーム1]
【司会】千葉文夫(早稲田大学)
千葉雅也(東京大学大学院) 
ノマドの暗い底:ジル・ドゥルーズのライプニッツ解釈における「動物的モナドロジー」について
福田貴成(東京大学大学院) 
「両耳聴」理論と聴覚器具:19世紀後半の「示差聴診器」の事例を中心に
小菊裕之(立命館大学大学院) 
崇高の感覚、崇高の情動

研究発表2 映像メディアとその時代背景 [18号館4階コラボレーションルーム3]
【司会】北原恵(甲南大学)
阪本裕文(名古屋市立大学) 
 「記録映画作家協会」と「映像芸術の会」、そして不可視の芸術運動へ
劉文兵(早稲田大学) 
軍人監督による「中国革命戦争映画」
研谷紀夫(東京大学) 
明治期における「国葬」の創成とそのメディア表象:伊藤博文の国葬を中心として


■11月18日(日)

10:30-12:30 研究発表3・4(3名×2組)
研究発表3 国家・政治・神話 [18号館4階コラボレーションルーム1]
【司会】高田康成(東京大学)
田中純(東京大学)
オットー・ヘフラーの『ゲルマン人の祭祀秘密結社』における「死者の軍勢」をめぐって:群衆論としてのゲルマン神話学
坂口さやか(東京大学大学院)
ルドルフ二世の帝国理念における宗教観とその表象について
本田晃子(東京大学大学院) 
不可視の都市のヴィジョン:イワン・レオニドフのマグニトゴルスク・プロジェクトをめぐって

研究発表4 映画とその形式 [18号館4階コラボレーションルーム3]
【司会】中村秀之(立教大学)
石橋今日美(東京芸術大学) 
破滅の悦楽、まなざしの倒錯:ジャンル映画“disaster films”の変遷をめぐって
三浦哲哉(東京大学大学院) 
自由、サスペンス、予定調和:サスペンス作家としてのロベール・ブレッソン
山本久美子(東京大学) 
イマジナルな世界:アッバス・キアロスタミ 「Looking at Ta‘ziyeh」

14:00-17:00 18号館4階コラボレーションルーム1
シンポジウム「生きている神話、あるいはレヴィ=ストロース:「野生の知」を求めて」
発表者:渡辺公三(立命館大学)・木村秀雄(東京大学)・佐藤吉幸(筑波大学)
司会&コメンテーター:小林康夫(東京大学)

精一杯がんばります。

2007年12月10日

AからBに向けて、BからAに向けて

あるレーベルのブログを読んでいて思ったこと。

俯瞰的な視座からの批評とは、確かに有効性をもっている。ここは認めなければならない。それは外部に開かれた言葉としての有効性だ。それは関係性の束を解き、対象の再構築を引き起す契機となる。
しかし、その視座の立脚点=ポジションがどこにあるのか明確でない言葉、あるいは立脚点=ポジションが一方的に外部に存在しているような言葉とは一体何なのであろうか。引用と参照と横滑りにより関係性の束を解いた後に、それはどこへ対象を向かわせるのか。
ポストモダン以降の言説の地に足の着かない居心地の悪さとは、このようにどこにも立脚点=ポジションを持たない者、あるいはAでないところに視座=ポジションを据えた者が、Aについて批評し、それのみが罷り通ってしまうところにある(特にこれは現代美術ジャーナリズムにおいて顕著だ)。

AとBを比較した時、その比較の判定者はどちらのルールにより判断を行うのか。AのルールとBのルールでは見え方も判断結果も異なってくる。この価値判断はどちらが正しいと言うようなものではない。双方が双方の越境的な判断結果を参照し、自己の判断結果に反映を加えればいいのだ。このような微細なレベルでの反映の連鎖により文化全体が変化してゆく(だろう)。
私の思い描くあるべき姿とは、まずAをAの領域に返すこと。そのうえで内側から外側に向けて(=AからBに向けて)の批評と、外側から内側に向けて(=BからAに向けて)の批評を行うこと。そして両者がそれを参照しながら、自らを組み替えること。道はそれしかないと思う。根無し草のような批評の迷走に、あるいは現場から遊離した批評に落ち込まないために。

2008年01月14日

研究/批評/評論

ある映画研究書を読んでいて思ったのだが、作家や作品と直接関係のない事実(政治、社会学…)を持ち出して、関連を想像のなかで語ること、あるいは演出文法を分類し説明を付けること、これらは果たして研究なのか。エッセイや評論としてならそれでもいいかもしれないが。私の読んだある本は、私が映画学について抱えていた違和感を、強く感じさせるものだった。
アカデミックな映画研究者は、映画を研究していると言うが、結局それは劇映画のフィールドにて、ストーリやテーマのテクスト解釈、あるいは統計的分析(統計による理論ほど信用できないものはない。要因と結果の因果関係を、文化の領域で語ることが本当に可能なのか)によりかかって、恣意的な見解を述べているだけなのではないのかと思える。

非アカデミックな批評や評論が主観を優先させて論じることを、裏付けによる実証作業よりも優先させていることは認める。それは時として非論理的なものに陥る。ゆえに私は性急に理論を進めがちな映画批評家や映画評論家とはまた違った、信頼できる客観的言説を述べる者としての映画研究者に、今まで価値を認めていた。しかし、映画批評、映画評論、映画研究に理論の質としての優劣はないのではないかと思えてきた。むしろ映画研究の名の下に行われていることこそ、演劇と文学の延長線上に留まりがちであり、文学的なテクスト解釈に流されやすいという問題点を孕んでいるのではないかとも思う。しかし、素晴らしい映画研究者が存在することもまた確かなので、それぞれの言説において読むに値するものと、読むに値せぬものが存在するだけなのかもしれない。

それにしてもアカデミックな映画研究の領域では、実験映画/ビデオアートといった映像に対しての研究がほとんど行われていない(少なくとも国内においては)。この点については何とかならないのだろうか。

2008年02月01日

REPRE 05

REPRE 05

我ながら人相が悪いな…
http://repre.org/repre/vol5/meeting02/panel02.html

2008年03月20日

自省

私はもともと劇映画がそれほど好きではなかった。それよりも現代美術の文脈から関わり出したビデオアートを経由して、70年前後の実験映画、すなわちアンダーグラウンド映画に興味を持った。要するに商業劇映画〜独立プロ〜アンダーグラウンド映画という経路ではなかった(ちなみに今は、劇映画も観るようにしている。アンダーグラウンド映画〜独立プロ〜商業劇映画という逆の経路にて)。
一方で私は同時代の現代美術とメディアアートの動向を追っているのだが、こちらは最近おろそかになっている。何故おろそかになっているのかと言えば、アンダーグラウンド映画から更に前に遡って、50年代末〜60年代の記録映画作家協会に強烈な魅力を感じるようになり、そればかりを調べるようになってしまったからだ。
戦後の記録映画を中心とした映像芸術の動向は非常に面白い。その時代における状況/政治と芸術の間にあった緊張感は恐ろしく高い。政治の問題、日本共産党との関係、新左翼の誕生、花田清輝や吉本隆明らの言説の影響が、そのまま芸術と直結されていた。さらに戦前からの運動や言説(プロキノなど)も、もちろんここに関わってくる。
こうして考えると、私にはすべてが複雑な縦の糸で結ばれているように思える。いまの現代美術におけるメディアアートや実験映像とは、ある日突然開始されたものではないのである。それは否定にしろ肯定にしろ、それ以前の何ものかと結ばれているはずなのだ。
ただし、さすがに昔の記録映画を調べても、それがいまMaxやProcessingで何かを制作することに、すぐに結びついたりはしない。戦前〜戦後まもなくの映像芸術と、同時代の現代美術におけるメディアアートや実験映像、この遠く離れた二つの対象を併置させて考えてゆくことの困難さは私にとっての悩みの種である。
しかし、私はこの複雑に絡み合った縦の糸、ある映像芸術史の視点を提示したかった。その結果のひとつが「メディアアートの世界」における年表であるのかもしれない。今後も戦前〜戦後まもなくの映像芸術と、いまの現代美術におけるメディアアートや実験映像を、自分の中でどう折り合いをつけさせてゆくのか、試行錯誤は続くだろう。

2008年03月21日

アントニオ・ネグリの来日が中止

アントニオ・ネグリ氏来日中止について
http://www.i-house.or.jp/jp/ProgramActivities/ushiba/index.htm

観に行きたいと思っていたのだが…。

2008年03月30日

昭和

宮島義勇「『天皇』と呼ばれた男」を読んでいる。ゆっくり注釈を見ながら読んでいるので、まだ序盤だが実に面白い。昭和という激動の時代、大村英之助や瀧口修造など、有名人の名前が出てくるとゾクゾクする。私もあんな必死で生きられる時代に生きてみたかった。こんな個々の小さな世界に押し込められ、衰弱したかのような時代ではなく。

併行して読んでいるのは「象徴交換と死」。

2008年04月07日

自己を形成する制度

ジャンル横断は大いに結構なのだが、自らの根拠となる専門領域を持っておかないと、結局のところそれは根無し草的なものとなる。自らの根拠となる専門領域を持ちつつ、他領域と向かい合う。しかもそこで自らの専門領域の制度を開示し、自己を形成する制度が壊される、あるいは組み替えられる危険性を厭わずに相互批評を行う。自己を安全な領域に置くことなく、自己を形成する制度が揺らぐギリギリのところで、自己の制度が変化する可能性を模索し足掻く。安易にカテゴリーのミックスを行うのではなく、ギリギリのところで明らかになる両者の相違点を求める。私はそれが批評において大切なことのように思える。

2008年05月08日

現代思想2008年5月号 - 「特集=アントニオ・ネグリ」

以下、ちくさ正文館にて購入。
現代思想2008年5月号 - 「特集=アントニオ・ネグリ」

さっそくネグリのテキストを読んでみたが、若干の違和感を覚えた。制作活動を「労働」として捉えることが、何かひっかかる(芸術史的価値観、視覚文化の発展とどう関わるのかが見えない)。しかし「生産様式とその発展」という唯物論的な左翼言説を芸術に導入して、社会を構成するひとつの個の生の余剰として芸術と捉えるところは、典型的なマルクス主義から展開しながらも、ありきたりな社会主義リアリズムを克服しており良いと思う。ひっかかりつつも、やはり可能性を感じる。加えて、こちら側の狭い芸術のカテゴリーでの話になるが、転倒した類いのポストモダンや、その日本的/小児的開き直りである今のゼロ年代の芸術の言説を軽々と廃棄し得るものであるところも小気味よい。
他のテキストについて。
平井玄のテキストは“ネグリは「芸術」が苦手である”と断じる。これは常々思っていたことをはっきり言い切った。そこだけははっきりさせておかないと、見当違いの議論が引き起こされかねない。芸術を生産や労働として捉えるアイデアが(ひっかかりつつも)重要であるが故にそう思う。
毛利嘉孝のテキストについては芸術を「労働」と置き換えることを、今日の芸術家は労働者、フリーターであり、それらはマルチチュードの存在形式であると押し進めて定義する。それにしては90年代以降の芸術の社会化についての実例が乏しすぎ、説得力を持たない。
杉村昌昭のテキストについては<共>的世界の構築は押し進められるべきだと私も思った。だがそれを民族の同一性のレベルにまで拡大するのは性急ではないだろうか(確かに理論の整合性はあるのだが)。「世界市民」という言葉を見るのも久し振りだが、ひとつのカテゴリーの同一性あるいは固有の価値観は最小限のレベルにおいて認められるべきだと思える。どこまで<共>的世界を押し進めるのか、どこまでひとつのカテゴリーの枠組みを維持するのか、バランスが大切だ。
水島一憲のテキストについてはコモンのあり方のひとつとしての「保証所得」の考え方に強くうなずかされた。私もやや形態は異なるが、事実上、失業のリスクを負ったプレカリアートである、と言っておこう。
浅野俊哉のテキストは最も重要である。ネグリの理論を客観的に精査し、現実的着地点としての革命の在処を明示しないことを批判する。ネグリの言説が前提としながらも無視している国家的なるものの機能に、スピノザを介して触れるあたりは、建設的批判として考えなければならない。

2008年05月30日

書物復権2008

書物復権2008
http://www.kinokuniya.co.jp/01f/fukken/fukkanlist2008.html

欲しい書物ばかり。こういう企画を行ってくれる出版社は素晴らしい。
この辺りはちゃんと読んでおきたい。
「イコノロジー」
「芸術論の歴史」
「美術史の終焉?」
「映画と精神分析 想像的シニフィアン」
「カリガリからヒトラーへ ドイツ映画1918-1933における集団心理の構造分析」
「第三帝国の神話 ナチズムの精神史」
「他者とは誰のことか」

2008年06月02日

名古屋での本の買い方

新刊書を買うときはちくさ正文館かウニタ書店へ行く。栄方面に出たときは丸善へ、カタログ等の美術関係書が目当てのときは愛知芸術文化センター地下のNADiffへ行くこともあるが、多くの場合はこの正文館とウニタで済む。本はやはり手に取って内容を確かめてから買いたい。そうなるとついつい買い過ぎてしまうのだが。
この二店で在庫が切れている品(文庫など)、そもそも扱っていない品はAmazonのお世話になっている。

古書を買う場合は、資料として買うものを決めてから探しているので、当て所なく古書店街に足を運んだりということは殆どしない(たまにシマウマ書房に行くくらいか。いまは閉まってしまったが、昔は孤島にも行っていた)。基本的には日本の古本屋で検索をかけるか、その方面に強い古書店のサイトで探すかして購入している。あとは新刊で購入すると高価な全集なども、まずは古書で探してみる。ものによっては意外とAmazonのマーケットプレイスも使える。

ちなみに図書館はどうしても手に入らない古書があるときや、古い新聞雑誌の複写を行いたいときくらいしか利用しない。名大図書館、愛知芸術文化センターのアートライブラリー、国会図書館にはお世話になっている。

2008年06月28日

追認と実践

論文を書くための資料集めが、資料集めのための資料集めになりつつある気がする。もともと集めだすときりがなくなるタチだが、この状況はややまずい。特に金銭的に。

連日図書館で複写申し込みの日々だが、いっそのことよく参照しそうな雑誌の目次を、(1970年以前に限って)全て複写してしまおうと思い立つ。キネマ旬報、映画往来、映画評論、世界映画資料、パテーシネ、小型映画、芸術新潮、美術手帖、美術批評、文化評論、新日本文学、Vou...。
ここに既に所有している第一次映画批評、第二次映画批評、季刊フィルム、芸術倶楽部、現代芸術、映像芸術、記録映画、プロレタリア映画などを加えれば、一通りの流れがつかめそうな気がする。それでも未入手の資料がまだまだある。こうなってくるときりがない。資料集めも大概にしないと、いつまでたってもコピーの山に埋もれるばかりだ。

こうやって昔の資料にあたっていると、思うことがある。戦前戦後日本の芸術と文化の流れについて。

あらゆる文化は政治的傾向と芸術的傾向という二つの別々の価値観によって、その価値をはかられるべきだというのが私の見解である。第二次大戦以前の芸術は、多くがその見解に沿うものであったと思う。ロシアアヴァンギャルドも、ダダ・シュルレアリスムも、政治と芸術という両面性を持っていた。

日本における戦前の文化も何らかの形で両面性を持っていたと思う。しかし戦後の社会主義運動を経て、68年を頂点とした新左翼の運動が霧散すると、政治的傾向は縮小されてしまった。そしてポストモダニズムの到来となる。こうなると政治的傾向は文脈の相対化と消費文化の拡大のなかで変質する。政治的傾向はそれまでの大きな物語から個人の小さな物語へと向かい、個人の生の肯定という生温いものとなるか、あるいは多元文化主義へと至った。
芸術的傾向もポストモダニズムの洗礼を受けて表層的な記号に分解され、シミュレーショニズムへと向かう。ここで表現におけるモダニズムの歴史、すなわち表現における大きな物語は打ち捨てられた。
シミュレーショニズムを経てサブカルチャーと見分けのつかなくなった芸術的側面と、個人の生としての小さな物語という政治的側面。この二つの側面は、遂には単なる個人の生の露出という最低レベルの表現まで呼び込むことになった。

この状況にはうんざりさせられてきたが、近年はネグリが注目されるなど、政治的傾向を急進的に重視する左翼人が元気になってきている気がする。芸術的傾向の方も、テクノロジーの発展によって複雑化するメディアとの関わりにおいては全く失望していない。

全てのイデオロギーが相対的なものとして存在し、社会と動的に関連し合うのであれば、私は私なりに、政治的傾向と芸術的傾向を強く打ち出してゆくこと、考えてゆくことを試してみたい。

資本主義はますます暴力性を露にし、メディアは際限なく複雑化している。政治的側面でも芸術的側面でも状況は整っているのだ。

それにしても80年代〜90年代は退屈な時代であった。80年代〜90年代は文脈から解放され、無数の差異のなかで漂流しながら、現状を追認する形でしか時代を捉えてこなかった。しかし追認と実践は違う。
本当であれば無数の差異のなかで、自らを賭した実践によってその時代を検証せねばならなかったはずだと思える。

2008年07月25日

共同体意識

ここ数年は本を買うペースも読むペースも、それ以前の比ではなくなっている。もともと論文の資料集めのつもりが、伸びる枝のように興味対象は広がるばかり。各分野のいろいろな本を読んでいて思うのは、ひとつひとつの研究や言説や思想は、それ単体で発生しているものではないという当たり前のことだ。研究や言説や思想は、その前後の研究や言説や思想とのつながりにおいて書かれており、それは歴史としての連続性ー肯定であれ批判であれー、そのつながりを意識しなければ、読み手の血肉とはならない。もちろん芸術=テクストとしての作品も同じく。
過去に点で読んだ本も、今なら線としての把握において捉え直すことが出来る。この連続性の意識は、共同体意識と同じものだ。我々は個体ではなく、大きく広がる文化的社会空間において、複雑な関係性において存在している。教科書的な歴史ではこの連続性は単なる時間の堆積としてしか意識できなかったが、今ならそれを有機的な、微細な項目の集合体/共同体として意識できる。時間/時代と場所が異なり離れていても、ここから遠いものとは思えない。正しいとか間違っているとか、新しいとか古いとか、そのような尺度は無効となる。微細な項目の集合体として、時間/時代と場所を捉えるのであれば。

追記:
ただし、この共同体意識とは、微温的な依存による安心感をもたらすものではなく、冷たく厳しい調子で開示された自律を各個に要求するものである。ここでいう共同体とは中央集権的な(皆で一つとなるような)共同体ではなく、各個が差異を持っているからこそ成立する、アナキズム的な共同体なのである。

2008年08月19日

ニコニコにて、ある動画を見て思ったこと

カテゴリーの無効化やジャンルをミックスした批評、私は常々この手の考え方が大嫌いであった。私は狭いカテゴリーにおける専門性というものを支持する。例えば文学を知らないやつに文学が語れるのか、実験映画を知らないやつに実験映画が語れるのか、プログレを知らないやつにプログレを語れるのか。
カテゴリーを越境し、非専門の領域までを対象に含めた批評。それは違った角度からの言説によって誤配や別解釈を生み出すことを狙いとする。それはうまく行けば狭いそれぞれのカテゴリー内部にて形骸化した価値観を揺るがせる。そこから新しい価値観が生まれることもあるだろう。
しかし私は彼らのやり方を全く肯定できない。2008年の今日、細分化され混沌とした文化的社会空間の状況は底が見えたような感すらある。(勿論局所的に見れば純文学やアカデミックな西洋音楽のように凝り固まったカテゴリーも存在するだろうが)もうとっくに文化の垣根はゼロに達していると私は判断する。これ以上ジャンルの混淆を行う必要はない。状況は先行している。

そこでこの状況に対し、私は文化にまつわる言説における専門性の復権を期待する。
根拠なき、立脚点なき越境的批評はやり方を誤っていると言いたい。カテゴリーを漂いながら渡り歩く限り、有益な誤配や別解釈など(多くの場合は)生まれないと思うのだ。そのカテゴリーに対する知識のなさを指摘されると、そもそも知識が不要である、大切なのはモノの見方であるといった考え方にも疑問がある。
こう言うと、まるで私が既成の形式や価値観にこだわり、大きな物語を復活させようとする進歩主義的な反動モダニストだと思われるかもしれない。しかし違う。私には骨の髄までアヴァンギャルド精神が染み渡っている。定型化した形式や価値観があると、それを引き剥がし、異化させたい、可能性を実践的に検証したいとすぐに思ってしまう、そんな人間だ。
しかし、アヴァンギャルドであるからといって、定型化した形式や価値観を何でもかんでも引き剥がせばいいというものでもあるまい。児戯のように何でも混淆して、ゼロにして、カテゴリーを壊すことを目的として何になる。
私は、アヴァンギャルドとしての価値観の引き剥がしと形式の異化は、いったん専門性を踏まえたうえで行われるものだと思うのだ。そして専門性を踏まえたうえで、カテゴリー外部を取り込むことが極めて重要である。カテゴリー内部の形式を突き詰めたうえで、必要に応じてカテゴリー外部を取り込みながら、巧妙に組み替える。これは消費文化にまみれながらジャンルの混淆をキッチュに行い、目新しければすぐに全肯定するような(そしてすぐに消費するような)スタンスとは全く訳が違う。
自らが立脚するカテゴリーの専門性を踏まえ、そのカテゴリーの形式や価値観が瓦解するかしないかのギリギリのところで、カテゴリー外部を参照し、花田っぽくいうならば楕円的にアヴァンギャルドな転形を試みる。それは異化され変化してゆく、そんな状態の直中にあるものだ。

少し話はそれるが、この話は文化と社会の全体性の話とも関わってくると思う。私は文化と社会に全体性が存在することを望んでいる。そして共同体意識を強く自分の中に持つように心がけている(こう言うと左翼っぽいが)。この文化と社会の全体性への信頼があってこそ、私は言説における各カテゴリーごとの専門性の復権を期待することが出来るのだ。

追記:
ここでの共同体意識については、アナキズムのように全体性という基盤のうえに立った個人主義的なものを意識している。ただ、文化についての話と、社会についての話は分けた方が良かったかもしれないとも思う。ここで専門性の復権を期待するとしているのは、あくまで文化の領域についてである。

2008年08月30日

一項目であることと多様性について

私にとってネットとは、アナキズム的な微細な項目(=個人)の集合体そのものである。アナキズム的というからには、その集合体には基盤となる共同体意識が必須であるが、私はそれを不可視なものとしてとらえることで、強引に「不可視ゆえに存在している」と承認している。現にネット上で項目としての各個人が各々勝手に動いていることで、私は不可視の共同体意識が存在することを承認することができる。この共同体意識とは「大きな物語が存在しないという物語」であり、「"多様性の承認"の承認」であること言うまでもないだろう。

ただし、その「大きな物語が存在しないという物語」「"多様性の承認"の承認」という、すべての基盤となる共同体意識を、各項目(=個人)の実践のレベルに持ってきてはいけないと思っている。数日前のエントリーでも書いたが、個人の実践のレベルにおいてまで何でもありとなってしまうと、それは危険ではないかと思えるのだ。各項目(=個人)のなかに多様性を持たせてしまうのと、各項目(=個人)が固有性を持ちながら外部に自らを開示し(=共同体意識を持ち)多様性の一項目となるのは全く別のことだ。そして、その開示によってこそ、各項目(=個人)は固定化することなく、変化の契機を常に孕み続けることができるのだ。

私が批評家のみを名乗る人間を嫌悪するのは上記のような理由からだ。彼らは他者(=他の項目)を批判する時に、自らの立脚点となる専門性を持たない。項目(=個人)のなかに多様性を持たせてしまったがために、何が自分の本体なのかもハッキリしないままに浮き草のように振る舞い、専門性を持たないがゆえに浅はかな言葉しか発せない。

例を挙げる。映画を専門とする者が映画を論じるのは有意義だ。音楽を専門とする者があくまで自らの立脚点から映画を論ずるのも有意義だ(その言葉は論じる者をも逆照射する)。しかし何を専門としているのかよくわからない者が映画について語ったとき、その言葉は有意義であり得るのだろうか。これはどのようなカテゴリーであろうと同じだ。

このような意味で、例えば東浩紀が哲学者であることと批評家であることを分けて、全体の一項目としての専門性を持っていることは大いに納得がゆく。ただ、私の誤読かもしれないが、東浩紀が下の世代に対して、専門性を否定することを良しとする発言をしているように見受けられるのには疑問を感じるのだが。なにか問題が混同されているように思えるのだ。

いろいろな意味で自戒を込めて。

大澤真幸による秋葉原事件についてのテクスト

大澤真幸による秋葉原事件についてのテクストを読んだ。p11にある指摘は、私がこのブログを書く理由そのものである。思うのだが、ブログで匿名の他者に何かを発信することとは、研究発表や論文で、すなわち直接的なレスポンスが期待される場所で何かを発信するのとは意味が異なる。そして、私はこのテクストで言われるような「神」からの返答を欲していない。むしろこれはもっと抽象的な、微かな存在としての不可視の社会的共同体、それを束ねる価値観に向けての開示であると思う。ネットにはそのような不可視の社会的共同体が潜んでると感じさせるものがある。そんな社会的共同体、価値観が現実に存在するかどうかなどは怪しいものだが、私には、それが不在であるが故に存在しているように思えてならない。むしろそれは私が思うことによって初めて存在するものであり、常に不在でなければならないものだといえる。

http://www.yosensha.co.jp/products/9784862483157/#kiko

2008年08月31日

雑誌

そういえば今月の「現代思想」をまだチェックしていなかった。インコミ亡き今、学会誌を別として欠かさずチェックしている雑誌は「現代思想」と「水声通信」くらいだ。また「思想地図」、「VOL」、「アナキズム」についても気に入っているので、刊行される限り買い続けるつもりだが、いったい次の刊行はいつになるのやら。「美術手帖」や音楽、映画、サブカル系の雑誌は読まなくなって久しい。

しかし、やっぱり今の雑誌よりも昔の雑誌を古書で収集することの方が多い。「季刊フィルム」を筆頭に、「芸術倶楽部」、「映画批評(一次二次どちらも)」、「記録映画」、「映像芸術」、「映画評論」、70年代中頃までの「映画芸術」、「現代芸術」、「美術批評」、72年頃までの「美術手帖」、60年までの「藝術新潮」、戦中にまで行くなら「文化映画」と「文化映画研究」、昭和初期プロレタリア芸術関係なら「新興映画」と「プロレタリア映画」は大体押さえた。もっと最近なら「パイデイア」、「ルプレザンタシオン」、「批評空間」といったところはチェックしている。
あとは50年分裂から72年までの時代背景として「新日本文学」や「文化評論」などをチェックしなければならないと思っている。

ちなみにこの中で特に好きな雑誌は、「季刊フィルム」、「記録映画」、「(第二次)映画批評」、そして「美術批評」だ。

2008年09月02日

彼らのルールから、もう私は降りたのだ

とある商業アニメに興味を持って、まとめて観てみた。極端にそちら方面の作品であるが故に、その商業アニメの名前を出すのはここでは止めておこうと思うが、素晴らしい多幸感を与えてくれる作品だった。こんなのを観ていると、もう現実とかはどうでもよくなる。これが東浩紀の言うところのオタク文化におけるリアリズムなのだろうか。

もちろんどうでもよくなるといっても、現実の人間関係から忌避するという訳ではない。

ここでいう、どうでもよくなってしまった「現実」とは事物としての現実ではない。事物としての現実は常に最重要であり、そこから逃避するつもりは微塵もない。私がどうでも良くなってしまった「現実」とは、一人前の社会人として就職をしている方が偉い、結婚をしている方が偉い、家庭を持っている方が偉いといったような、勝手に決められた、勝ち組や安定層が考える価値観/イデオロギーそのものである。だから「勝ち組、安定層のイデオロギーによってとらえられた現実」がどうでもよくなったと言った方が、意図はより明確になるだろう。就職や結婚や家庭といったものから得られるであろう充足は、私の場合、別のものによって充足されている。これは何かの代償行為ではない。彼らのルールから、もう私は降りたのだ。

私の場合は、私的な部分はオタク系列サブカルチャーと、日常の人間関係で充足された。そして歴史的・社会的な部分は(不安定な身分ながら)芸術について研究することによって充足されている。ただしこれは、私が幸いにしてそうであったというだけである。

しかし、今日の非正規雇用の増大によって貧困層、不安定層の拡大される困難な社会において、「勝ち組、安定層のイデオロギーによってとらえられた現実」からはじき出された若者の全てが、何らかの手段によって自分なりの承認と充足を得ることができるのだろうか。恐らく何割かは無理だろう。その何割かは、到底自己責任とはいえないような降り掛かった状況下において、一体何によって承認と充足を得るべきなのか。(昔であれば、天皇、マルクス主義、宗教などが象徴として機能していたので、たとえはじき出されても個人の承認と充足はカバーされていただろうが、今やその効力は著しく無効化している。)

私は思う。ここに文化の、イデオロギー装置としての社会的役割があるはずなのだ。

2008年09月26日

自分語り

音楽雑誌やサブカル雑誌を読まなくなって久しい。そんな私だが、最近、人がスタジオボイスの音楽の特集号を貸してくれたので読んでみた。いつ頃発売されたものなのか確認せずに読むが違和感を感じ、発行日を確認すると、ごく最近のもの。これには驚いた。誌面に登場する人達が、ほぼ90年代末のまま変わっていなかった、自分の若い頃のままだったのだ。三田格、湯浅学、岸野雄一、虹釜太郎、原雅明、中原昌也、大友良英。懐かしい名前ばかりだ(紹介されているレコードも何度紹介されたか分からないものばかりだ)。私が読んでいなかった間に幾つの音楽特集が組まれていたのか知らないが、相変わらずその多くはこの周辺の人達によって書かれていたのだろう。こうなってくると東京の、この界隈の人達のオルタナティヴな文化的イデオロギーが、いかにギルド的な組織力によって形成されているのかが分かる。そして情報弱者である田舎の若者にとって彼らがいかに影響力を持ってる(持っていた)のかを再認識せざるを得ない。まさに京都という片田舎にいた私にとってはそうだった。

自分の話になるが、昔はネットで得られる情報も少なく、東京の通販ショップからリストを郵送で送ってもらうか、京都の某ショップのセレクトに依存するしかなかった。自分でも昔の自分はかなり世間知らずだったと思うのだが、若い頃の私は、東京のこの界隈の人達の文化的イデオロギーに対抗する別のイデオロギーを、何一つ持っていなかった。思想的に自立する術のなかった私は、彼らがまさに雑誌で紹介したレコードを探し求め、それをレコード棚に蓄積することで、そのイデオロギーに帰属しようとしていた。それが彼らの身内意識のなかでの形成されたイデオロギーであることを意識しないままに。京都という片田舎にて。

そして昔の私は彼らの身内で語られた言葉、彼らの身内で作られた作品を理解しようと努めることになる。これはきっと良い作品のはずなのだからと(それでもさすがに渋谷系だとかデス渋谷系だとか言われた音楽は、いくら雑誌で持ち上げられても馬鹿馬鹿しくて聴く気にもならなかったのだが)。それが転機を迎えるのは、音響派という言葉が陳腐化したあたり、20代も半ばを過ぎた頃からだろうか。

と、ここまで書いて、自分語りをするのも嫌になってきたのでもう止める。

ただ思うのは、今やネットの発達によって、誰もがレーベル直販やオークション等によって好きなだけレコードを入手することができ、例えばDiscogsのようなデータベースへのアクセスによって、いくらでも局所的な文化的イデオロギーを形成することが可能である。良い時代になった。確かに…良い時代なのだが、集約されることのない文化的イデオロギーの拡散が、社会的な共同体の概念にとってどのような意味を持つのか。ここの解答がまだ見えない。

2008年09月30日

ブラックメタルに限った話ではないが

多分、サンの影響だと思うのだが、サブカル音楽系列の人たちが雑誌でブラックメタルについて言及する例が近頃散見される。しかしそういうのを目にする度に、その前に押さえるべき前提や作品があるんじゃないかと思ってしまう。こう言うと閉鎖性とか特権性とか言われそうだが、私は何もジャンルの縄張り意識や、小さなプライドからこのようなことを言うのではない(実際のところ、もうブラックメタルを殆ど買わなくなった私は、到底ブラックメタルリスナーとは言えないだろう)。

私は以前から、彼らが他者の文化に対してとっている、このような態度が好きではない。私には彼らの言うところの、カテゴリーの専門性にとらわれずに多様性を享受するというスタンスが、結局メタ消費に拍車をかけただけの横滑りにしか見えない。

AをAの価値基準において把握し、そして次に把握を経て見出されたAの要素をBに導入する。それによりBの価値基準は揺らぎながらも、B'やCへと変化してゆく契機を孕むことになる。それは単純なA+Bという併置とは異なる。これがフォスターが述べていたような肯定されるべき「抵抗のポストモダニズム」の方法論であったと解釈している。しかし彼らの80年代〜90年代的残滓に塗れた多様性の陳列と大量消費は、私には「反動のポストモダニズム」の延長にしか見えない。彼らは他者の文化を簒奪しながらA+B+C+D+E.........という併置、あるいは忘却を延々と繰り返してゆくだろう。

しかし、それは結局は何も信じていない、何も愛していないという態度ではないか。もちろん盲目的に何かを信じて、その信じるものに対しての批判を許さないという態度は実に面白くない。しかし、何も信じていないという態度も、これと同じくらい面白くない。

私が面白いと思うのは、何かを信じながら(帰属しながら)も、それに対する批判意識も常に持ち合わせており、場合によっては自分の信ずる(帰属する)ものを揺るがせ崩壊させることをも厭わない、というような態度である。それは相反する矛盾を抱えながら、その矛盾を変化の契機へと転じさせる。花田清輝的な楕円の思考といってもよい。

2008年10月06日

京都造形芸術大学 大学院連続公開講座

大学構内をぶらぶらしていて、あるポスターを発見。浅田彰を教授として迎えた京都造形芸術大学にて、連続公開講座がある模様。なんと第一回のゲストは東浩紀とあるが、人違いかと思った。とんでもなく豪華な面子だ。さすがに行けるわけもないが、すごく興味をそそられる。「普遍経済学について—後期バタイユの問題」とか、題目からして聴いてみたくなる。京都造形の方にお願いします、ネットにあげてください。

http://www.kyoto-art.ac.jp/graduate/information/080916-000326.html

2008年10月08日

部分と全体

批評とは社会学的な装いのもとに、異なるカテゴリーの事象をピックアップして、連想的に社会の出来事や文化や経済等を絡めてエッセイを記すことに過ぎないのではないかと、近ごろ思えてきた。全体的な視点に立脚して横断的に情況を語ることは重要であり、大衆の意識の指標、時代の精神の指標として機能するだろうし、私はこれを否定するつもりはない。
しかし自分としては、そのようなカテゴリーを横断し、全体的な視点で情況を語るような意味での批評、敢えて言うなら社会評論や時事批評の類いに興味はない。私は特定のカテゴリー、すなわち部分に帰属しながら全体的な視点を持つことも意味のあることだと思っているし、それこそ自分のすべきことだと思っている。哲学者や心理学者や社会学者が批評家を兼ねるように。
一方で社会評論や時事批評のような批評も、全体的な視点を示す交通整理的な役割において必要だと思う。しかし批評の側が全体性の名において、特定のカテゴリーにおける言説の否定、個別の価値観の簒奪にはしるのは行き過ぎであると思える。私は彼らの言説の背後にこそ閉鎖的、特権的な精神性を認める。交通整理役としての批評は、あくまで交通整理役である。部分が存在しなければ全体も形成されない。部分が各個で別々の言説を築き上げ、中心もヒエラルキーも存在しないままに外部へ開示され、変化に晒されることが望ましい状態であると考える。

追記:
いくつか追記したい。彼らはハイカルチャー(現代美術、文学、アカデミックな現代音楽、その他アカデミックな文化研究全般)を否定し、ローカルチャー(アニメ、マンガ、ラノベ、JPOP、ダンスミュージック、オルタナティヴな音楽など)を肯定する。文化的なカテゴリーや作品に対して価値の上下を設定することが無意味であると述べ、ハイカルチャーがローカルチャーを見下しているとヒエラルキーの存在を糾弾する。その気持ちは分からないでもない。
そして、彼らの戦略は価値の相対化、多様性の陳列によって実行される。ハイカルチャーは価値を引き落とされ、ローカルチャーは水増しされる。これにより、あらゆる文化的なカテゴリーを横並びにする。彼らがラノベやマイナー音楽に対してやっていたこととは、まさにこういうことだ。ここまでは私も賛同できる。
しかし、ここからが不味い。彼らはハイカルチャーとローカルチャーを横並びにするだけではなく、権威性、特権性、閉鎖性といった言葉を用いて、特定のカテゴリーにおける言説の否定、個別の価値観の簒奪=歴史性の否定にまで向かい始める。一切の価値観が無効化され、全てが併置されたフラットな文化的空間は一見良いもののように思えるが、社会的空間にまで範疇を拡大して考えるならば、実際には不味い状態だ。その消費の混乱のなかでは新たなカテゴリーの形成、個別の価値観の形成も行われることはなく、文化的空間/社会的空間はひたすら断片化し拡散してゆく。(ここで動物化という概念が果たして有効なのかどうかはまだ留保とする。)
私の考えとしては連続的に形成されてきたカテゴリーの個別の価値観=歴史性とは、ハイカルチャーだけのものではなく、どのような文化にも備わっているものだと思う。現代音楽には現代音楽の、アニメにはアニメの、グラフティにはグラフティの、マンガにはマンガの歴史がある。それぞれの社会的条件のなかでカテゴリーの個別の価値観は形成され、歴史化してきたのだから、必要以上に価値の無効化は行うべきではない。一切の価値観と歴史性が無効化され、全てが併置されたフラットな文化的空間/社会的空間にその先は見えない。この話は現在の政治状況とも無関係ではないはずだ。

2008年11月04日

文化のゆくえ

「アナログレコード小売大手「倒産」 DJの「レコード離れ」が響く」
http://excite.co.jp/News/entertainment/20081104/JCast_29750.html

この界隈の音楽から遠ざかってしまっていたのだが、シスコ倒産の知らせは衝撃的だった。

そしてこの状況の変化について、単にアナログの音質がどうとか暖かみがどうとか、PCDJという機材環境の発展をポジティヴにとらえるべきだとか持ち運びが楽でいいとか大事なのは音楽そのものだとか、そういうことではない部分で何か引っ掛かる。その引っ掛かる点とは、たぶんビニールの溝に刻まれた過去の膨大な文化的蓄積が死蔵されるのではないかという懸念と、クラブ文化の持っていた良かった部分(聴取の構造)が失われるのではないかということ。

当然ながらBeatportがマイナーなレーベルやトラックメイカーまでフォローしている訳がなく、実際にいくつか思いつくままに、サイトにて検索してみたものの、その多くはヒットしなかった。勿論今後、ネット上でのデータ販売の拡大によりフォローされる範囲は広がってゆく可能性はあるが、完全な流通形態の移行は、かなり遠い将来となるのではないだろうか。さらに膨大な文化的蓄積としての、過去にリリースされた12インチ音源はどうなるのだろうか。そこまでのフォローをネットでのデータ販売に期待することはできないだろう。有名DJが膨大なレコードをキャプチャしてデータ化しているという話は聞くが、そこに割かれる労力はなんとも非生産的なものに思える。
要するに、従来のレコードというメディアによって流通している(していた)コンテンツを、ネット上でのデータ販売が完全に包摂するのはまだまだ先の話となるだろうし、それまではPCによるDJ達は、ネットからのデータの入手とレコード音源のキャプチャを併行して行わざるを得ないだろう。なんだか過渡期とはいえ違和感がある。しかしながらこれは将来において解消されるであろう問題だ。

それよりもクラブ文化の持っていた聴取の構造が失われるかもしれないことの方が気になる。(ダンスミュージックを中心とした)クラブ文化の良かった点とは何か。それは演奏者→観客という聴取の構造を解体し、聴取の場におけるヒエラルキーを無くしたことにあるだろう。そこではレコードさえかけられていれば、演奏者がいなくとも音楽のプレゼンテーションが成立していた。そうなるとDJの役割はレコードをかけるだけだったのか。いや、そうではなかった。DJはその病的な音楽への偏愛そのままに大量のレコードを蓄積し、その中から一定の価値観に基づき音源をミックスすることで、存在意義を発揮していたと思う(DJとは文化資本を持つ者の呼称だった)。しかしネットでの音源データの容易な入手はこの存在意義を危うくする。誰もが簡単に音源データにアクセスするようになることで、例えばあるDJのプレイリストさえ分かれば、一晩でそれを模倣することが可能となるかもしれない。このような模倣はレコードという流通形態でも起こりうる問題であったが、そのハードルはネットでの音源データの入手によって著しく下がるだろう。
こうなると、この事態はクラブで他人のiTunesのリストを聴かされることと、一体どこが異なるのか分からなくなってくる。まあ別にそれはそれで、文化の共有の観点からすれば良いことなのかもしれないが、DJになるためのハードルとDJの存在意義は著しい低下を免れないだろう。それによってクラブにおけるヒエラルキー無き聴取の構造が崩れかねないと思えるのだ。このDJになるためのハードルとDJの存在意義の低下は、クラブを下らないもの、飲んで騒いで楽しんでという単純な遊興の場へ下降させるのではないかと思う。アナログへのフェティッシュのような素朴な次元ではなく、根本的な次元で、一つの文化のあり方(あるいは聴取の構造)が終了してゆくように思えてならない。

以上は杞憂に終わる気もするし、そう簡単にダンスミュージックにおける12インチのリリースも無くならない。それでも文化のあり方は大きく変わってゆくだろう。

2008年12月20日

絓 秀実さんトークイベントのご案内

以下お知らせです。シマウマ書房のサイトより転載。
http://www.shimauma-books.com/
あの時代における吉本隆明について、お聞きしてみたいことが沢山あります。
楽しみです。何卒よろしくお願いします。
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絓 秀実さんトークイベントのご案内
『吉本隆明の時代』(作品社) ・ 『悍』(白順社)
出版記念トーク at シマウマ書房

日時:12月20日(土)18:00~
トーク:絓 秀実(文芸評論家)
聞き役:阪本 裕文(映像研究者)
会費:1,000円
会場:シマウマ書房・店内にて

プロフィール:
絓 秀実(すが ひでみ)
文芸評論家・近畿大学国際人文科学研究所教授。1949年新潟県生まれ。学習院大学中退。「日本読書新聞」編集長、日本ジャーナリスト専門学校専任講師などを経て、2002年より現職。著書に、『1968年』(ちくま新書)、『革命的な、あまりに革命的な』、『JUNKの逆襲』(以上作品社)、『「帝国」の文学』(以文社)などが、編書に『ネオリベ化する公共圏』(明石書店)、『思想読本(11)1968』(作品社)など。

※予約・お申し込みはシマウマ書房まで。
TEL:(052)783-8150
MAIL:suzuki@shimauma-books.com
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しばらくの間、このエントリーがトップに表示されます。

2009年01月10日

ノイズの概念

records090108.jpg
海外から注文していた品物が届く。例えばこの5枚の背景に、あるひとつの概念を設定できるのだとすれば、それこそが私にとってのノイズである。即ち括弧付きの記号としての文化的テロリズム、あるいは全価値の蕩尽。(轟音でインプロを繰り広げるハーシュノイズや、露悪趣味の現れとしての変態的なノイズは、現在の私のなかで、さして重要ではない。)

しかし、このひとつの概念とは私が勝手に頭の中にイメージした、とりとめのない空想に過ぎず、普遍化されるものではないことも自覚せねばなるまい。

2009年01月16日

恵比寿映像祭

『恵比寿映像祭』と命名された企画展が、2/20より写真美術館にて開催される。まだ詳細は明らかではないが、ブルース・コナー、クリス・バーデン、ダン・グレアムと、かなり興味深い作家らが出品している。「映像」という言葉を曖昧なままに把握しようとする、このような領域横断的な映像企画展は国内では珍しい。その意図はよく分かるので大いに期待している。
http://www.yebizo.com/

この企画展の公式サイト上の「映像をめぐる言葉」のなかでアンケートに答えました。

些末なことですが、制作から手を引いて作品・作家研究/歴史研究へと移行した人間なので、プロフィールが何だか羞恥プレイ的で気恥ずかしい。出来れば変えてほしいのですが…。

2009年03月17日

「アヴァンギャルド芸術のために」総括

この日我々は、成功した部分も失敗した部分も含めて、「アヴァンギャルド芸術」という古い言葉と各人の距離、そして温度差、また今日的な運動としての成立可能性の有無について、確認することができたはずです。そもそもシンポジウムなんて何かの確認のためのものであり、むしろ失敗するためにやるものだと思います。解答の決まっているシンポジウムなんて、ある種の幼稚な劇に過ぎません。私が過去に見た表象文化論学会や映像学会でのシンポジウムも、それはそれは盛大な失敗ばかりでした。

プログラム1は松本俊夫のプログラムなのに「メタスタシス」も「アートマン」も含まれていないという、かなり渋い、そしてレアなプログラムになったと自負しています。
プログラム2は「Still in Cosmos」を720Pで上映できたので、そして名古屋にて牧野さんとジムさんの作品をまとめて紹介できたので、目的が果たせて良かったです。
プログラム3は歴史的な再考が目的だったのでテーマが比較的はっきりしており、助っ人である川崎さんの名フォローもあって、実に有意義な、大成功といえる内容になったと思います。
プログラム4は私の好奇心から、無理のある組み合わせとなりましたが、ジム・オルークの音楽が好きな人からすれば、極めて興味深い内容になったと思います。無理な思いつきを聞き入れて下さった湯浅先生とジムさんに深く感謝します。
プログラム5は私の聞きたいことを全て出し切りました。シンポジウム終了後、松本先生をタクシーまで案内する際にも述べたのですが、私は個別の作家/作品論に入る前に、前提としてすべきこと、確認しておくことがあると感じたのです。それが充分に成されてこなかったことが、現在の状況を招いたと思うのです。でなければ、ある種の世代的な失敗が反復されるのではないかという危惧があったのです。結果がどうであれ、私はこのプログラム5をやった意味はあったと考えています。

「名古屋で最後になにかやろう」と切っ掛けを与えてくれた牧野さん、後方で開催を支えてくれた名古屋大学の池側先生に深く感謝します。両氏ともに、本当にありがとうございました。近日シンポジウムの書きおこしを行い、当サイトにて公開しようかと思っています。

この日の全て、成功したものも、失敗したものも全て含めて花田清輝に捧げます。

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いつもと書き方を変えるとやりにくいので、元に戻す。とにかく疲れた一日であった。終了後、すぐに帰られる松本先生と湯浅先生+川崎さんをタクシーでお送りした後、打ち上げに少しだけ出て堀潤之さんにお礼を述べる(向こうはどう思ってるか知らないが、私にとって彼は客観的な立場から意見を言ってくれる大切な存在である)。彼はすぐに帰ってしまったので、その後、私も金を置いて店を出る。そして一人で名古屋大学から自宅まで一時間かけて、いろいろなことを考えながら歩いて帰り、泥のように眠る。

翌日、牧野さん、ジムさん、川崎さんをはじめ、各人にお礼の電話やメール。そして会場から荷物の引き上げ作業を行う。川崎さんは関心のある領域は異なるが、扱おうとしている時代は全く同じなので、今後とも歴史研究にて協力させていただければ嬉しい。そしてジムさんからのメールの返事には強く心動かされた。

2009年05月04日

京都造形芸術大学 大学院長 浅田彰による式辞

2009年05月08日

『「芸術」の予言!!』!!

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「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡

近年、「ヤバい」という言葉に回収されるような単なる趣味嗜好のレベルにおいてではなく、より直接的な現在との関係性のレベルにおいて、60年代文化の再評価が進められているような気がするのだが、とうとう60年代文化の本丸であったフィルムアート社から、68年〜74年にかけて刊行されていた『季刊フィルム』『芸術倶楽部』の記事を再編集した書籍が刊行されるらしい。素晴らしい。

しかし我々は60年代文化の再評価を、歴史の確認という意味ですませてはならないのだと思う。60年代文化を、今の文化の歴史的なルーツとしてではなく、参照点として読み替えることこそ、現在において求められてくる。大きな歴史の終わりと、記号化と拡散の時代のはじまり。その両者の狭間に存在した60年代とは大きな転形期であった。そこで付された問いとは、あらゆる既存の価値観を問い直すものであった。この強烈な問いは、現在においてこそ有効であろう。

またこのような動きは、美術手帖「創刊60年記念特大号」において完全に欠落していた(あるいは編者により隠蔽されていた)視点を明らかにする良い契機にもなると思う。

あとは第二次『映画批評』についても、どこかの出版社に総集編を刊行して欲しいと思う。第二次『映画批評』も60年代文化を考える上で、『季刊フィルム』と同じくらい重要な雑誌である。どちらも欠けてはいけない。時代の全体像を見るためには。

2009年05月14日

芸術と政治は常に出会っていた

このところ、ある論文をまとめようと苦戦していたのだが、今回は諦めた。理由は、ひとえに自分の中の歴史的パースペクティヴをまとめるには、まだまだ調査不足であると判断したためである(要するに自分の怠惰のせいである)。基本的なアイデアとしては、ポスト近代資本主義によって社会空間が包摂されたというネグリの論理を引きつつ、そこからマルチカルチュラリズムやマイクロポップの芸術を批判するつもりでいた。これらは結局のところ多様性をまずい方向に拡大しながら、膨大な項目のうえで横滑り(=消費)を繰り返しているに過ぎないのではないかと。

このような前置きで、美術の現状を批判した後に「マルチチュードの芸術」を展開する…そのような安直なプランが実行できればどんなに楽だったろうか。実のところ私は「マルチチュードの芸術」については、可能性を感じつつも引っかかるものを感じている。一方で私は毛利嘉孝や福住廉のスタンスにも違和感を持っているのだが、これらの違和感はどこか似ている(彼らの文章をそれほどしっかり読んだ訳でもないので、誤解しているのかもしれないが)。芸術の歴史が、何か軽く扱われているように思えるのだ。まあ後者のグループは、ある意味では社会学者らしいとも思うが。

歴史とは、それ自体が多層性を持つものであり、それ故に過去のあらゆる地点において社会化した芸術とは、すでに存在していたのではないだろうか。「芸術と政治の出会い(そこない)」と毛利はネグリ来日騒動の際に書いたが、「芸術と政治は常に出会っていた」のではないだろうか。これは反動的なモダニズムや一元的な歴史主義とは無縁の思考である。ここから別の歴史的パースペクティヴを把握する必要があったのだが、どうも納得のいく形にまとめきれなかった。時間はあったはずなのだが、計画性がなさ過ぎて。とりあえずこのアイデアは別の機会に流用するので、調査は続行するつもりだ。

2009年08月03日

80年代から90年代にかけて

リニューアルということで、remixをかなり久し振り(大体10年振り)に購入して読んでみる。特集はセカンド・サマー・オブ・ラブ。これは80年代から90年代にかけての文化の再解釈、再評価である。とても興味深く読んだ。

10年前の私はダンスミュージックの政治的意味なんて考えもしなかったが、今なら多少はそれについての考えを巡らせることもできる。それはパンクであり、DIY文化であった。現在ならばアナキズム的なストリートの抵抗運動の文脈で把握しなおすことも有効だと思う。
しかしながら今の私は、それ(社会的な抵抗運動としての把握)に全面的には賛成できないというか、不明瞭な違和感を自分のなかに発見してしまっている。現実社会をどう把握するかという意識において揺らぎが不足しているように感じられるというか、現実社会を想像のなかで把握することも時には必要ではないかと思えてくる。この想像という言葉は、レイヤーを複数枚持った、重層的な歴史観と言い換えることもできるだろう。

ちなみに南部真里のジョン・フェイヒーについてのテクストは、かなり面白かった。この連載は楽しみだ。(話は逸れるが、連載が楽しみということであれば、このところ阿木譲のブログが面白くて仕方ない。http://www.nu-things.com/blog/index.html

ともかく、80年代から90年代にかけての文化の再解釈は、最近の佐々木敦や毛利嘉孝の本のように、今後も様々な書き手によって更に進められるだろう。一読者として楽しく読ませてもらいたいと思っている。

しかしながらその一方で、自分が本当に興味のあるのは、そのもう一段階前、50年代から70年代前半にかけてなのだなと自覚する。正直なところ、80年代から90年代という時代に対しては、それほど大きな親近感は持ち合わせていない。

2009年08月17日

最近の読書

佐々木敦の「ニッポンの思想」を読んだ。私は佐々木敦やその周辺の人たちのやっていることとは、結局のところ80年代〜90年代の残滓を引きずったかのような、文化がカタログ化した後の状況下における、多様な項目=商品の陳列に過ぎないのではないかと常々疑問に思っていた。それは相対化のなかで、項目の横滑りと他者の文化の簒奪(商品化)を続けるのだと。
しかし、この著書を読んではっきりと分かった。私の理解が誤っていたのかもしれないと。彼はそのような状況の変化を、批判的に、かなり正確に把握している。しかしながら、いつの時点で彼はその把握に至ったのであろうか。以前からそこに至っていたのだとするならば、彼の活動については「何故?」という疑問を持たざるを得ない。もしくは敢えて気がつかないふりをする意図があったのだろうか。敢えてであったとするならば、私はその意図に強い関心を持つ。
80年代以前との比較において物事の流れを語っていない(これはページ数的に仕方ないが)とか、ゼロ年代の考察が若干雑である(「ゲームボードの再設定」の部分は、正直いってよく分からない)とか、引っかかる部分はいくつかあったが、読了後、私のなかでの著者の位置付けが大きく変化したことに比べれば大したことではない。これまでの著者の活動を根本から違ったかたちで解釈できる可能性が存在するの《かも》しれないのだ。そうであれば、私はこれを揶揄ではなく、本心から興味深いと思う。毛利の著書と比較して読むような本ではないし、東を肯定するような本でもない。これは佐々木敦についての本である。

2009年09月28日

東浩紀のブログにて

プロレスを期待するつもりはない。
http://d.hatena.ne.jp/hazuma/20090927/1254052801

佐々木敦は「ニッポンの思想」で、80年代からゼロ年代に至る流れを把握していることを見せつけた(そして私には、この著書で彼が自分自身を批評しているかのように思えた)。だとすれば読者として、その著書で示した見取り図に対しての批評的な応答を彼の全活動において見せてもらいたいと思うのは当然のことだろう。しかし、現時点において彼の活動は、これまでと同じくカテゴリー表面の横滑りを繰り返しているように見える。

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